満月と新月 | ナノ
満月と新月



団結する心



地上に降りると、魔物がいかに多く押し寄せているかがよくわかった。

騎士と魔物が入り乱れ、怪我をして、逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえてくる。


一瞬風が吹き、土煙が僅かに流れると、フレンの姿がちらりと見えた。
またすぐ立ち込める土煙中を突っ切り、ユーリ達は駆け出した。



弱音を吐くシュヴァーン隊に奮闘するフレン。

「騎士団の名にかけて、踏みとどまるんだ!」

フレンの喝もむなしく、ルブラン達は疲労と終わりの見えない戦いに、クタクタになっていた。

隙をつかれ、フレン達を魔物が突破してしまう。

それをリタの魔術が捉え、ラピードはフレンの前に駆け抜けたので、フレンは驚きに目を見開いた。


「生きてるか?」


煽るようなユーリの言葉にフレンはさらに驚き、少し表情を緩ませた。


「ユーリ!どうしてここに!」


「上官想いの副官に感謝しろよ?」

「ソディアか!しかし、この状況ではいつかやられてしまう」



「そんなときに登場!明星壱号!」


ベティが楽しげに笑った。

「明星…?」

フレンは首を傾げる。

明星壱号は先ほどカロルが命名した、リタ製宙の戒典だ。

「こいつを敵の真ん中でぶっ放す」

ユーリはニヤリと笑った。

「真ん中で……簡単じゃないよ」

「オレとお前がやるんだ、余裕だろ?」

「ワォン!」

「ははっよし!やろう!」

フレンは剣を握り直した。

「さぁ!行った行った!ここは守り抜く!任せといてん!」

ベティは術式を展開した。

ユーリ達は走り出した。




「さぁああ!日頃のストレスを爆発させるわよーん!」

「ベティちゃん、えらく張り切ってんね」

レイヴンは矢をつがえながら、ぶるりと体を震わせた。

「大いなる創生の槍!天意なる高尚の煌めき!意志を以って理を讃えん!グングニル!!」

「あ!その技!後で教えなさいよ!」

リタが叫ぶ。

「うちらも適当に頑張るのじゃ〜」

「思い切り戦えて、すっきりするわ」

ジュディスは楽しそうに槍をふるう。

見事に一匹も逃さず食い止めて行く。



しばらく戦っていると、遠くから光が溢れ出し、途端にそれはあたりを包んだ。
眩しくなって皆が目を閉じた一瞬で、魔物は跡形もなく消え去った。







それから怪我人の治療に奮闘していて、あたりはだんだんと夜の闇が迫ってきていた。


「ベティ。お疲れ様」


声をかけてきたのはカウフマン。

「あれれ?居たならもっと早く教えてよん!」

ベティは知り合いの騎士とおしゃべりしていたが、カウフマンに声をかけられ、彼らにヒラリと手を振った。

「色々根回ししてたの。この怪我人じゃ当分動けないでしょ?だからここに街を作ってしまおうって」

「それいい!さっそくフレンにも話してくるわねん!」

ベティは瞳を輝かせて走り出した。




「改良が必要ね。素材がもろすぎたみたい」

リタは明星壱号の反省点を話している。

「みんな〜!」

ベティは嬉しそうに走ってくる。

フレンとユーリ達は、ベティを振り返った。


「ねえ!ここに街を作っちゃおってメアリーと言ってるんだけどぉ」


「……街…か……怪我人も動かせないし、守り抜くにはいいかもしれないな」

フレンはうんうんと頷いた。

「お久しぶりねユーリ君、凛々の明星の活躍は聞いてるわよ。あとベティとの噂も」

後から歩いてきたカウフマンが、ユーリに声をかけた。

「……それっていい噂か?」

ユーリは眉を下げた。


「………どうかしら?ユニオン本部の前で、ベティを泣かせてたって話だけど?」


「ええ!?なにそれ、最悪〜!」

ベティはわざと、大げさなリアクションを取る。

「やっぱ悪い噂じゃねえか」




「にしても、手配していた傭兵では、力不足だったようね。こちらの不手際で迷惑をかけたわ」


カウフマンはフレンに向き直り言った。

「いえ……ギルドも今は混乱の最中、ご助力感謝します」

「お詫びと言ってはなんだけど、ここの防衛に協力させてもらうわ」

「それで、街を……ねえ…」

レイヴンは無精髭を撫でて、怪我人を見回した。

「それじゃあこっちは準備に取り掛かるわ」

カウフマンはにっこり笑って去って行った。



「あとさぁ、明星壱号なんだけど……」

「フレン隊長!ご無事でなによりです!」

ベティが言いかけた途中で、ウィチルが走ってきた。
ソディアも居るようだ。

「ご苦労様、ウィチル、ソディア」

フレンは優しく笑って労いの言葉をかけた。

「いえ……わたしは……」

ソディアは眉を下げ、俯いた。


「あの!隊長!例の塔なんですが……」

「なにかあったのか?」

「はい、妙な術式を展開しはじめまして、おそらく何かを吸収しているのだと思われます。それに合わせて、イリキア全土の住民が体調に異変を感じています。術式は段階的に拡大していて、このままでは世界全土に影響が出る恐れも……」

「そんな!」

エステルは手で口を覆った。


「……生命力は純度の高いマナよ。星喰みへの攻撃に使うつもりね」


リタが言った。
すべての人間の命を引き換えに、とは、この事だったのだろう。

「ウダウダしてらんねえな……」

「うん。でも、このままだとやっぱり精霊の力が足りない。星喰みの大きさからいくと、今の何百倍もの力が必要になるわ」

「あんなにすごい威力なのに…」

カロルが呟く。

「災厄が相手ともなると、途方もない強大な力がいるのじゃの」

「もう、魔核を精霊にするしかないわねん。失敗したら、笑えないじゃん」



「待ってくれ、僕らにもわかるように説明してくれないか?」


フレンはユーリ達だけで進んで行く話に、待ったをかけた。



「そうだな。ちゃんと話そうと思ってたことだ。ヨーデル殿下や、ギルドのメンバーにも聞いてもらいたい。フレン、ここに呼べねえか?」



ユーリの言葉にフレンは目を見開いた。

「あはははっ!ユーリ、きみは本当に変わらないね!なんとかしてみるよ。その代わり、ユニオンと戦士の殿堂には君たちが話をつけてくれるかい?」

「わかった」

ユーリはこくりと頷いた。



「それじゃ、行きましょうか」

ジュディスがそう言ったので、ユーリ達は歩き出した。
ベティも皆に続こうとした時、彼女はフレンに腕をつかまれる。




「君は、ユーリを選んだんだね……」


フレンは悲しそうに眉を下げた。

「………気まずい事聞くわねん」

ベティは誤魔化すように茶化した。

「すまない……やっぱり君の1番には、僕はなれないんだね」

「ばかねえ、あたしにとってはユーリがたまたま特別になっただけで、フレンにはフレンのいいところが山ほどあるのよん?ユーリなんて、足元にも及ばないくらいねん」

「たまたま、か……」

フレンが腕をはなしたので、ベティは笑って歩き出した。






「お前、あれからなんともないか?」

ユーリは追いかけてきたベティに声をかけた。
彼が気にかけているのは、星の記憶。

「うぃ。大丈夫よん」

「なら、いい」

ユーリはポンポンとベティの頭を撫でて、歩き出した。




「あの!ユーリ殿……隊長を助けてくれて……感謝している」

皆から少し離れていたユーリとベティにソディアは声をかけた。
伺うようにこちら見てくるので、ベティは思わずくすりとわらってしまう。




「別に誰にも話さねえよ」




「………なぜ?」

ソディアは困惑したようで、眉を下げた。


「あんたが何故オレを殺そうとしたか、わかるからだよ」


ユーリの言葉にソディアは押し黙る。

「自分の手を汚してでも、守りたいものがある……そのせいで、感情にとらわれ、自分でも考えられないような事をしてしまう……」

ベティが独り言のように呟いた。


「……許されない事だ………罪になんの咎めもないなんて……いっそ恨まれた方が……」


ソディアが言った。


「甘ったれんな!オレはあんたの為に恨まないわけでもねえし、あんたを楽にしてやるために恨むつもりもねえ」


「………私はどうすれば」

「てめえで考えな。わかんなきゃ仲間と考えろ。その上でフレンを守るってんなら、ダチとして感謝するさ」

ユーリはそう言って、歩き出した。
ソディアは何とも言えない顔で佇んでいた。



「すばらしい助言ねん。ユーリはほんと、優しすぎるんじゃなぁい?」

ソディアから遠ざかると、ベティが口を開いた。

「………そんなんじゃねえよ」


[←前]| [次→]
しおりを挟む