満月と新月
共に行く
パティがマストを降りれば、ベティが勢いよく彼女に抱きついた。
「……どうして、ベティ姐が泣いておるのじゃ?」
ベティは目にいっぱい涙を溜めている。
「……パティが泣かないから」
ベティはさらに強くパティを抱きしめた。
「……うちは……」
「泣きたかったら泣いた方がいい」
ユーリが諭すように言った。
「うちは泣かないのじゃ!辛くても泣かない、がモットー。涙を見せたら……死んでいった仲間に申し訳ないのじゃ…うちは…うちは海精の牙のボス、アイフリードなのじゃ……だから…だから……」
パティの目からは、ポタリと雫がこぼれた。
「うっ……うっ……うわぁぁぁん!」
涙は幾重にも頬を伝い、抱きしめるベティの肩も濡らしていく。
堰を切ったように溢れ出したパティの涙と、泣き叫ぶ声が、弔いのように、夜の海に消えていった。
その日ばかりはベティはユーリではなく、パティの隣で眠った。
翌朝、パティが目を覚ませば、ベティ以外はもう起きていて、リタに泣き虫が起きたわよ、とからかわれた。
「泣きじゃくって、楽になったか?」
ユーリがそういうと、パティは笑った。
「ベティ姐〜!起きるのじゃ〜!」
パティはベティに飛びついた。
「うぁっ!びっくり〜あらん?みんな早起きねえん」
ベティはパティを抱きしめた。
「なんであんたが1番ゆっくり寝てんだか……」
リタはため息をついた。
「で、これからパティはどうする?」
ユーリが言った。
「記憶も戻って、会いたい人にも会えたんだしね」
レイヴンは手を頭の上で組んだ。
「もちろん一緒に行くのじゃ!星喰みも、星の記憶もまだ片付ける事は残っておるのじゃ」
「じゃ、パティ。改めてよろしくな」
「よろしくするのじゃ」
「あのさ…色々聞きたいことが……」
「ま、それは追い追いでいいんじゃねえ?」
カロルの言葉をユーリが遮った。
腑に落ちない様子だったが、パティも話したくなったら話す、といったのでそこで話は終わってしまったが、突然外で大きな音がして、皆は外に出た。
異様な音とともに南東の空に、巨大な城のようなものが上がって行く。
粉塵をまきあげながら、それは空高くまでのぼった。
「あれ…アスピオの方じゃない!!あれじゃアスピオは……」
リタは声を震わせた。
「………デュークね……」
ベティはぎゅっと拳を握った。
「タルカロン……タルカロンの塔、精霊たちがそう言ってます」
物々しい塔は、瓦礫を落としながら空に浮かび上がったまま、止まった。
なす術もなくそれを見つめるユーリ達をみつけ、ウィチルとソディアが走って来た。
「やっとみつけましたよ!どこほっつき歩いてたんですか!?」
ウィチルは肩で息をしながら言った。
ソディアはユーリを見て、バツが悪そうにしていた。
「隊長が大変なんです!」
「……待った、中で話しましょん」
ベティはウィチルを遮り、宿の扉を開けた。
ユーリ達がとっていた部屋に入る。
ソディアは気まずそうに目を逸らしたままだ。
そう言えば、ここでソディア達には始めて会ったんだ、とベティはふと思った。
「で、フレンがどうしたって?」
ユーリは気に留める様子もなく、ウィチルに言った。
「それが、空にあの怪物が現れてから、この大陸から避難者が大勢出ているんですが、ギルドの船団に騎士団の護衛を拒否するものがいて、隊長はそれを放っておけなくて……船団はヒピオニアに漂着。僕たちは戦ったけど追い詰められて……」
「ヒピオニアは危険だわぁ。アスタルが統制を保っていたから、今は魔物がきっと怯えて、敏感になってるってばぁ」
「援軍を求めるため、私たちは脱出したのだが、騎士団は各地に散っていて……」
ソディアは悔しそうに言った。
ウィチルがもう、みなさんにお願いするしかないんです、と呟くと、ソディアはユーリを逆撫でするような事を言う。
「しかし時がたちすぎた……隊長はもう……」
「つまんねえことしか言えねえんだな、相変わらず」
「な、なんだと!?」
「諦めちまったのか?今まで何のためにやってきたんだよ」
「あの時だって…!隊長のために!」
「てめえの覚悟も忘れてめそめそしてるやつに、フレンの為とか言わせねえよ」
ユーリの言葉に、ソディアは押し黙ってしまった。
「リンゴ頭!ヒピオニアだったな?」
「は、はい!」
「そういうわけだ、ちょっと行ってくるから、みんなはタルカロンに…「さー!みんな行くわよん!我らが戦友、フレン騎士団長のピンチよっ!」
ベティはパンパンと手を叩いた。
「……おい」
ユーリはため息をついたが、皆は当たり前、とばかりに笑っていた。
「ったく……付き合いいいな。ほんと」
「凛々の明星!出撃!」
カロルが声をあげると、ラピードも気合充分に吠えたてた。
街を出ようとしたところで、ソディアはユーリとベティを引き留めた。
「なぜだ!なぜあの時のことを咎めない!」
ソディアは恨んでくれとばかりに2人を見つめた。
「水に流したつもりはねえ。けどな、諦めちまったヤツに構ってるほど、オレは暇じゃねえんだよ」
ユーリは冷たい声で言った。
「でもな、あんたの言った事で、同意できることもあるぜ。オレは罪人、フレンは騎士、その隣にオレはふさわしくない。さしずめ、フレンにふさわしいやつが現れるまでの、代役ってとこだな」
「………あら、あたしはどうなるのよん」
ベティは茶化すようにユーリを小突いた。
「でもね、ソディア?」
ベティはツカツカとソディアに近づいた。
彼女は困惑し、首を傾げている。
「フレンが真っ直ぐ歩いてんのは、ユーリと約束してるからよん。あんたが排除しようとした人間が、彼にとってどれだけ大きいか、よく考えなさいよ」
ベティは、ソディアに嫌味たっぷりな笑みを向けると、ユーリと共に歩き出した。
「……フレン、ソディアのやった事、気付いてるわよねん」
「さあ、どうだか」
「咎めない……かぁ……」
「衝動的にやっちまったんだろ、甘ったれた話だぜ」
「というか…あれじゃまるで、恋仇よん?」
「………気分悪りぃ事言うなよ…」
「ふふ、じゃあ、ピンチの王子様を助けに行きますかぁ」
一行はヒピオニアへと向かう。
「あれか!?」
ユーリは思わず船から身を乗り出した。
下ではすごい土煙があがっていて、魔物が押し寄せている。
「最悪の状況ねん…」
「全部倒してくの無理があるわよ」
リタは眉を寄せた。
「なあ、リタ。例のリタ製宙の戒典使えないか?」
「…………できるわ」
「でも、それは星喰みに対するためのものでしょう?」
ジュディスが言った。
「今使うか、後で使うか、悩ましいところじゃ」
「使わせてくれないか?頼む」
ユーリは真剣にリタを見つめた。
「試験運転、してみたらぁ?改良が必要かもしれないじゃん?」
ベティもリタを見つめた。
「そうね、これくらいバーンとやっちゃえなきゃ、星喰みになんて通用しないし」
リタはリタ製宙の戒典を差し出した。
「ユーリのあんちゃんがわがまま言うのも珍しいしな」
レイヴンはひひっと笑った。