満月と新月 | ナノ
満月と新月



別れ



「あー!悔しいあんな単純なゲームが出来ないなんて!」

リタは勢いよく扉を開けた。

大量に購入した何かは、全てカロルに持たせているようだ。
大きな紙袋で、カロルはイマイチ前が見えていない。

「おかえり!ご飯にしよってばぁ」

「その前にこれだけ作っちゃってもいい?」

リタはカロルがおろした荷物をテーブルに置いて、ソファーに腰掛けた。
何の用途かわからないものがたくさんある。

「何しようっていうのよ?」

レイヴンが言った。

「精霊の力を収束するための装置を作るのよ。即席の宙の戒典をね」

リタはガチャガチャと作業を始めた。


「宙の戒典かあ……デュークは今頃なにしてんだろうね」


カロルがぽつりと呟いた。

「さあな……相当思いつめた感じだったな……」

ユーリはふとパティを見た。

ベティが、ベッドに腰掛けている背中にひっついて、壁を向いていて、こちらからは表情が読めない。


「オレらは先に飯食って休むか」


ユーリは、リタも時間かかるだろうし、と付け加えた。







リタも一段落した所で、パティとベティはデートと言って部屋を出て行った。



ベティとパティが宿の外へ出た時には、あたりはすっかり暗くなっていた。
閑散としている街が、さらに静まり返っていて、人っ子一人見当たらない。


「……いける?」


ベティは不安気に眉を寄せているパティに言った。

「………うむ……」

パティは麗しの星をぎゅっと握りしめ、頷いた。


2人は無言で波止場まで歩いて行く。
一歩一歩と踏み出す足が、どこか重く感じる。
夜の港町の空気も、今日ばかりは潮風が気分を変えてくれることは無い。




真っ暗な波止場にたどり着けば、パティは深いため息をついた。
握りしめていた麗しの星をじっと見つめて、固まってしまう。

「………パティ、頑張ろ…」

ベティはぽんとパティの背中を叩いた。


パティはこくりと頷いて、麗しの星を海へ向かって掲げた。


すると、麗しの星からは真っ直ぐ海へと光が伸びる。
夜を照らすほどの光が途切れると、海には不気味に浮かぶ巨大な幽霊船、アーセルム号が現れる。




「パティ、ベティ!待ってください!」


エステルが声を張り上げ、こちらに走ってくる。
皆も居るようだ。

「みんな……どうして……」

パティは驚いてベティを見た。
彼女は困ったように首を振る。

「それはこっちのセリフよ。2人でこんな夜更けになにしてんの」

レイヴンが肩を竦める。

「……これからの大仕事の前に、自分の決着をつけようと思ったのじゃ」

「それは、アイフリードのことか?」

ユーリが言ったが、パティは何も答えなかった。

「アーセルム号はパティが呼び出したのか?」

ユーリはかつて始めて聖核を手にした船を見た。

「そういえばパティちゃん、麗しの星掲げてなかった?」

レイヴンが真っ暗な海に浮かぶアーセルム号をみた。



「こいつの片割れと引き合っておるのじゃ」



「……なら、その片割れがあの船にあるってことね」

ジュディスが言った言葉に、パティは頷いた。



「じゃ、行こうぜ」


ユーリの言葉にパティは驚いて皆を見た。

「ふふ、最初から、みんなにバレないってのは無理よねん」

ベティは楽しそうに笑って、パティの背中を押した。

「いこ、喚いてもみんな着いてくるわよん」

「……ベティ姐……みんな、ありがとうなのじゃ!でも、最後の決着だけは、うちがつけるのじゃ」





波止場のボートでアーセルム号へと向かう。

「ねえ、パティはアイフリードに会うために、麗しの星を探してたんだよね?」

カロルはパティに言った。

「そうなんじゃが、ちょっと違うのじゃ。麗しの星はアイフリードが探しておったお宝じゃ」

「それで、じいさんに会えるの?」

リタが言えば、パティは頷いた。麗しの星を使えば会えるのは間違いではない、と。


「ってことは、アイフリードがこの船に?」

カロルは心配そうに船を見上げたが、パティは何も言わなかった。




ユーリ達はロープを伝って甲板に上がる。

「………夜だし、お化け屋敷みたい…」

ベティはぶるりと体を震わせた。




「……!」



パティは突然駆け出した。
梯子を登って上へと上がって行く。その先には以前船長室で戦った、髑髏の騎士がこちら見つめている。

ベティも急いでパティを追いかけた。



「サイファー!うちじゃ!わかるか!?」



パティは麗しの星を握りしめ、髑髏の騎士に叫んだ。

「え?アイフリードじゃなくて?」

カロルが首を傾げる。

「サイファーは参謀の名前だわね」

レイヴンが言った。



髑髏の騎士はふわりと宙を舞う。
パティはあわててマストを登り、追いかけた。
エステルが追いかけようとしたのを、ユーリが遮った。

「見守ってあげて……」

ベティはぎゅっと拳を握る。




「サイファー!長いことこんなところで待たせてすまなかった。記憶をなくして時間はかかったが、ようやくたどり着いたのじゃ!」

「アイ……フリード………アイフリードか、久しいな」

髑髏の騎士の身体から、海賊帽をかぶった男性が姿を表した。


「え?ま、まさか…」

カロルがパティとサイファーを見比べる。




「アイフリードはうちのことじゃ!」



「ど、どういうことです…?」

「……あとで、ね」

ベティはカロルとエステルに笑いかけた。



「サイファー、うちがわかるのか?」

「ああ…だが、自我を失う前に、ここを去ってくれ」

サイファーは目を伏せた。

「うちは、お前を解放しにきたのじゃ。……魔物の姿と、ブラックホープ号の因縁から……」

「俺はあの事件で、多くの人を手にかけた……それなのにまだ、俺はのうのうと生きている……」

「ああしなければ、彼らは苦しみ続けたのじゃ。今のお前のように……お前はうちを助け、逃がしてくれた。今度はうちがお前を助ける番なのじゃ……」

「アイフリード……俺を解放してくれるのか……この苦しみから……」
「お前にはずいぶん世話になった……荒くれ者の集まりだった海精の牙をよく見守ってくれた。そして、うちを………支えてくれた」

パティは銃をかまえる。



「それも、ここで終わりなのじゃ……」



サイファーは少し、ホッとしたように笑った。

「サイファー……だけは、うちが……」

パティが銃を持つ手が震える。



「つらい想いをさせて、すまぬ……アイフリード」



サイファーがそう言えば、パティは首を振った。



「サイファーはずっとうちより、つらい想いをしてきたのじゃ。うちらは仲間じゃ。だから、うちはお前のつらさも背負う。苦しみから開放するため、お前を……殺す」



「……その決意を支えるものたちがいるのだな。よかった………アイフリード、受け取れ、これを……」

パティの前には輝きを放つ、馨しの珊瑚。


「これで、安心して死にゆける。さぁ……やれ……」


パティは馨しの珊瑚を受け取ると、もう一度銃を握り直す。

深呼吸をして、引き金を引いた。




夜の幽霊船に、銃声が虚しいほどに鳴り響いた。




「………バイバイ…」


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