満月と新月
変えられない生き方
「クリント、始祖の隷長が何をしているか、知ってるんでしょ?」
ベティは厳しい目を向けた。
「……それでも、家族を殺された恨みは消えん」
「人魔戦争で家族を失ったのは、魔狩りの剣だけじゃないわ。それでも前向きに生きてる人だってたくさん居る。今、手に残ったものを大切にしなさいよ」
「世界がどうなろうと、憎しみは消えん」
「それでも、間違ってるよ。そんなこと続けたって、何もかえってこないのに」
カロルはクリント達に、真剣な眼差しを向けた。
「………今更………生き方をかえられん」
クリントにとって、魔物を恨む事こそが、生きる希望であり、目的でもある。
もはや、そう簡単に割り切れる事ではない。
10年の長い年月は、クリントの価値観を固めるには充分すぎるほど、時間がありすぎたのだ。
それでも、変わらなければ立ち止まったままだ。
クリントはティソンの肩を借りて、立ち上がる。
ナンは心配そうに成り行きを見つめていた。
「……いまユニオンはゴタついてる。ダングレストに戻って、力を貸してくれないかしら?」
ベティはクリントとティソンを見つめた。
せめて、この混乱の最中だけでも、別の事を見て欲しいと、願いながら。
「…………撤収するぞ。ダングレストで、しばらく休む」
クリントはそう言って踵を返した。
「待ってください!治療を…!」
エステルがそう言って後を追いかけようとしたので、ベティは彼女の腕をつかんで、自身の唇に人差し指をたて、しーっと合図をすると、クリント達にむけて治癒術を放った。
「ベティ!余計なことをすんじゃねえ!」
ティソンが怒鳴り声をあげる。
「ふふ、馬鹿げた意地張ってアホねぇん」
ベティはにやりと笑った。
「ベティちゃん、男のプライドくらい守ってあげなよ」
レイヴンもそういいつつも、口角が意地悪っぽくつりあがっている。
「……ありがとう」
ナンはカロルに近づいて、それだけ言うと、走ってクリント達を追いかけた。
「さ、精霊化をすませましょ」
ジュディスはくるりと聖核に向き直った。
グシオスは無事に地の精霊、ノームとして生まれ変わった。
意識はまだ戻らなかったものの、心配はないようだ。
「ねぇ、どうして星の記憶の事話してくれないの?」
リタは精霊たちを見上げた。
「……ごめんなさい。今は私たちも、星の記憶の一部だから、大いなる意志には逆らえない」
レミエルは気遣わしげに、ベティを見た。
「時がくれば、すべて話そう」
ウンディーネがゆったりと笑う。
「そんときは手遅れなんだろ?」
ユーリが厳しい視線をむけた。
「……………クロームが精霊となる前に聞いてみるがよい。望む答えは、持っておらぬかもしれぬが…」
ウンディーネがそう言うと、精霊たちは姿を消した。
「ねえ、なんの事?」
カロルが言った。
「話していいか?ベティ」
ユーリの言葉にベティは頷いた。
「凛々の明星は、秘密はご法度よねん」
それから船に戻る道中、事のあらましを話せば、みな不安気にベティを見つめる事となる。
「星喰み以上に厄介な問題じゃの」
「ベティを連れていかせたりしません!」
「しっかし、それってなんで狙われてんの?」
レイヴンの疑問はもっともで、そこは最大の謎である。
「ベティの持つ力と関係あるんじゃないかしら?」
「ミョルゾに行けば、何かヒントがあるかもしれない……」
リタはこめかみに指をあてた。
「じゃあ行ってみようよ!」
「……あのさ、心配してくれてありがとねん。でも、先に星喰みをやっつけよー?あれから気配もないし……」
「いつまで大丈夫かわかんないじゃない」
リタにキッと睨まれ、ベティは思わず後ずさった。
「世界が滅んだら、元も子もないでしょぉ?」
「んなこと言うな。お前が居ての、オレの世界だ」
ユーリはポンポンとベティの頭を撫でた。
「………きもい」
リタは思わず後ずさる。
「おあついねー!若人よ」
「ベティ姐!うちもうちも!」
パティがベティの手を握った。
「そゆことみんなの前でも言うんだ……」
ベティは驚いてユーリを見た。
「今言わねえとダメな気がしたんだよ」