満月と新月 | ナノ
満月と新月



真実は見えない



父だった人。
ベティの本当の父親。

本当は覚えているけど、抱き上げられた記憶も、遊んだ記憶もない。
厳しい人だったと、思う。

母親とは違う厳しさ。

いつも張り詰めているようで、そして、1番になれなかった人。
ベティは、そんなことは取るに足らないように思えたが、父親にとっては、そうではなかったようだった。
いつもどこか必死で、私たちに構う余裕など、微塵もなかったのだろう。

仕事人間、とでも言うのかもしれない。






ベティが再び甲板へ出ると、緋色の翼が目に入った。


「フェロー!!」


ジュディスが悲鳴に似た声をあげた。
コゴール砂漠の上空では、傷だらけのフェローが飛び回っていた。

「傷ついてるのになんで飛び回ってるの!?」

リタが息を呑む。

「あんな状態で馬鹿なヤツに襲われたら、ひとたまりもねぇだろうからな」

ユーリは眉を寄せた。

「人に聖核を渡さないためか」

レイヴンも難しい顔をする。

「フェロー………」
ベティはぎゅっと拳を握った。




そのまま誘われるように岩場へ降り立ち、横たわるフェローの元へと急いだ。
美しい緋色の羽も乱れていて、荒く息をしながらフェローは岩場に横たわっていた。

「しっかりして、フェロー!ごめんなさい……私たちのために……」

ジュディスは力なく横たわるフェローに、声をかける。

「どういうこと?」

カロルは首をかしげた。

「ザウデで、フェローはオトリになってくれたのよ」

ジュディスが言った。



「世界の命運は決し、星喰みは帰還した。我らは務めを果たせず終わる。無念だ……」

フェローは力なく呟いた。

「我らも人も、昔日の力はない……」

1番悔しいのはフェローだろう。
誰よりも世界を愛し、長い間、世界を守るために生きてきたのだから。


「フェロー安心して。星喰みを撃退する方法なら見つけたわよん。今度は完全に消滅させる」

ベティがそっとフェローに触れた。





「そなた!星の記憶に追われているのか!?」





フェローは驚き、バサリと羽を揺らした。

「星の記憶?」

リタ眉を寄せる。

「……え?何の話?」

カロルが首を傾げた。



「………やっぱり、あれは世界なのね?」


ベティはフェローを見つめた。

「アレに触れれば、全て持っていかれる。刃も術も効かぬぞ」

「…………どうしようも、ないのね?」

ベティの言葉にフェローは目を瞑った。




「……それよりも、フェローには精霊になってもらいたいの」

ベティは何でもないように、話を続けた。

「………そのためにはあんたの聖核が必要だ」

「我が命をよこせと?」

フェローは厳しい目線をユーリに向けたが、やがて穏やかに言った。


「世界を救いたいと思わねば、救うこともかなわぬ……な。よかろう、遠からず果てる身……そなたらの心のままにするがよい」


フェローがそう言って目を閉じると、体は光に包まれ、あとには聖核が浮かんでいた。




「……ベティ。さっきの話、後で聞かせてくれ」

「わかってる」

ベティはユーリの言葉に頷いた。







フェローはイフリートとして無事に転生を果たし、三体目の精霊となった。

次に向かうのはエレアルーミン石英林。

そこへ向かう船の中で、ベティはユーリと向かい合っていた。



「ゾフェル氷刃海で、なにを見たんだ?」

ユーリはぎゅっとベティの手を握った。

「その話なら、あたしにも聞かせて」

船室の扉を開けたのはリタだ。

「わかる範囲で話す」

ベティはこくりと頷いた。

それから起こったこと、感じたことを2人に話せば、案の定2人は難しい顔をした。



「持っていくって、星の記憶とやらにってこと?でもなんでベティが……」

リタはこめかみに指をあてた。

「フェローは他にもなんか知ってんじゃねえの?」

「……さっき話してくれなかったなら、知らないんだと思うわ。それにレミエルも何も言ってこないし…」

ベティは首をふった。

「………世界に関わることじゃないから、言ってこないのかもしれないわね」

「星の記憶とやらに連れてかれたら……どうなるんだ?」


「………わからない。あの時感じたのは、持っていかれたら、もう戻れないってことと、とんでもない恐怖」

ベティはぎゅっと拳を握った。


「大丈夫だ。なんとかする」


ユーリはベティの頭をポンポンと撫でた。

「精霊たちに聞いてみる価値はありそうね」

「レミエルと話せるか?」

「…………………その話は出来ないって」

「なんで?!」

リタが声を荒げた。

「…わからない。でも、星の記憶のことは、話せないって」

「知ってるのね!?なのに言えないってどういうことよ!」

「リタ?どうかしました?」

大きな声に驚いて、エステルが扉を開けた。

「エステル!今すぐ精霊を呼び出して!」

「え?あ、はい」

リタの必死な様子に気圧されつつも、エステルは精霊たちに呼びかけた。



「……すみません。話せないって、言ってます」


「なんで……!」

リタは唇を噛んだ。


「……急を要さない、時が来たら話すから、って言ってます」


「すぐにはどうこうならねえってワケか……」

「まだ目覚めてないって男の子が言ってたのと、関係あるのかしら?」

ベティは力なく笑った。

「……絶対、連れていかせたりしないわ」

リタは真剣にそう言って、船室を出て行った。

エステルもあわててそれに続き、ユーリとベティが残された。



ユーリはぎゅっとベティを抱き寄せた。

「わけわかんねえもんに、お前を渡したりしねえ……絶対に」

「……うん、ありがと」

ベティは優しい腕の中で、確かめるようにユーリに身を預けた。


「ねぇユーリ、キスして?」

「ん?どした?」

優しく問いかけたユーリに、ベティは何も言わずじっと腕の中で彼を見上げた。



「……心配すんな」


ユーリは優しく言うと、そっと唇を重ねた。
触れ合うだけの優しいキスをして、すぐに離れた唇を追いかけ、今度は舌を絡ませた。
溶け合うように絡み合って、唾液が混じり合う。

唇を離せば、2人の間を細い糸が繋いだ。

ユーリはわざとらしくチュッと音を立てて、優しく口づけると、ベティの髪を梳いた。



「何があっても、お前を離さねえからな」


そう言ったユーリの言葉は本物で、ベティは嬉しくてぎゅっとユーリを抱きしめた。
存在を、確かめるように。


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