満月と新月
はじまりにすぎない
「それにしても、無事に解決できてよかったね!」
カロルが嬉しそうに笑う。
ゾフェル氷刃海を出るため、再び氷の上を歩き出した一行は、ひとつの問題解決に皆が嬉しそうにしていた。
もちろん星喰みのことも、片をつけなくてはならないが。
「はい。みんな、ほんとうにありがとうございます」
エステルはぺこりと頭を下げた。
「これで、フェローとの約束は果たせたわ」
ジュディスも肩の荷が下り、またベリウスとの再会で、いつになく嬉しそうだ。
「あとは星喰みじゃの!」
パティが見上げた空は、禍々しいもので覆い尽くされていた。
ゴォォォォォォォォオ!
その時、空からは光と共に轟音が鳴り響いた。
「なにいまの!?」
カロルが不安そうに空を見上げた。
皆が一様に星喰みに覆われた、テルカ・リュミレースの空を見上げる。
ザウデの方角から、光が空に一直線に伸びたかと思うと、光は空で爆発を起こし、残っていた結界が破られていく。
「結界が……!」
ベティの心臓がドクリと騒いだ。
黒く禍々しい星喰みが空を覆い、青空は真っ赤に変わった。
そして、黒い空の塊から、無数の何かが分裂し、地上へと降りてくる。
「あれが……本当の災厄……」
エステルは息を呑んだ。
いや、エステルだけではない、皆が言葉を失い、ただただ空を見上げている。
「……!バウルが、星喰みの眷属が街を襲ってるって!ノードポリカよ」
ジュディスが言った。
「ほっとくわけにはいかねぇな、急ぐぞ!」
ユーリが駆け出したので、皆も続く。
ベティの心臓はうるさいままだったが、彼女も走り出そうとした。が、その瞬間、彼女の目の前に小さな男の子が現れた。
真っ白な髪はおかっぱで、薄い布のようなものを纏っている。
こんなにも冷たい氷の上に、裸足で立っている。
白髪の男の子が、青い目でベティを睨んだ瞬間、彼女の頭の中で鐘が鳴った気がした。
「あなたのこと……しってる……」
ベティはがくりと膝をつく。
刺すような氷の冷たさも、吹きすさぶ風も止まったような気がした。
「迎えにきたよ」
白髪の男の子から発せられた言葉は、ベティの心を凍えさせるような冷たさで、縛られたように動けなくなる。
ベティの頭の中では、警告するように鐘の音が鳴り響いていた。
すうっと伸びてきた男の子の手に、ベティは思わず叫ぶ。
「持っていかないで!!」
自分の発した言葉に、心の中でベティは、何を?と思う。
でも、あの手で触れられたら、自分の「何か」が持っていかれ、もう取り戻せないような気がした。
ベティの叫び声に皆は驚いて、足を止め振り返った。
白髪の男の子の手が、ぴたっと止まる。
「おかしいね。まだ目覚めていないのに。本能が警告した?」
にやりと笑ったその顔が、ベティを恐怖に震わせた。
彼女は怖くてたまらなくて、ガタガタと体を震わせる。
逆らえない。
絶対に、この存在には逆らえない。
何故かわからないが、そう確信した。
「ベティ?どうした?」
心配そうに近づいて来たユーリが、彼女に声をかける。
「みえないの……?」
「なにが?」
ユーリが首を傾げる。
彼だけではない、皆もわけがわからないと言った様子だ。
「あなたはなに……?」
ベティは震える声で、白髪の男の子に質問を投げかけるが、彼はバカバカしいとため息をついた。
「もうわかってるんじゃない?その恐怖が答えだよ」
そう言って男の子は音もなく消えた。
ベティの、頭の中の鐘はやんだが、吐き気がするほどの恐怖だけが残った。
「おい、何があった?」
ベティのただならぬ様子に、ユーリは心配そうに言った。
「なんでも……ない……」
ベティはそう言って歩き出したが、ユーリには何でもないようには到底見えない。
「おい、何を見た?」
ユーリはとっさに彼女の腕をつかんだ。
「…………世界」
それ以上聞くな、というようなベティの言葉に、ユーリは眉を寄せた。
ベティは先ほどの言葉の意味をずっと考えていた。
迎えにきた。
その言葉が頭から離れない。
ただ、言い知れぬ恐怖だけを残し、それは去ってしまったから。
でも、次に会えばきっと、持って行かれる。