満月と新月 | ナノ
満月と新月



再会



「……聖核はどうすんの?」

リタがジロリとユーリを睨んだ。


「てかぁ、レイヴンは?」

ベティがユニオンを振り返った。

「会議室にいたのかな?」

カロルが言う。



「はあーい。俺様登場〜」

レイヴンが意気揚々とユニオンからこちらへ歩いてくる。
気まずそうに後ろからハリーもついてきた。



「ほら」
ハリーが差し出したのは蒼穹の水玉。
「くれんのか?」
ユーリが受け取る。

「ちげーよ。コレは盗まれるんだよ」

「恩に切るぜ」

ハリーの言葉にユーリはニヤリと笑い、ハリーはそれを見て、ユニオン本部へと戻って行った。
レイヴンとベティはそれを満足げに見つめた。




「さあ、聖核が手に入った訳だけど、この後はどうするのかしら?」

ジュディスはリタに向き直る。

「ゾフェル氷刃海に行くわ。あそこのエアルクレーネをつかう」

「え、また寒いとこいくの?おっさん、待ってていい?」
レイヴンはぶるりと、大げさに体を震わせた。
「世界が滅ぶよりましだろ。行こうぜ」


「よーし凛々の明星しゅっぱーつ!」


ベティが楽しそうに笑った。
みんなもつられて笑顔になり、街の外へと歩き出した。









ゾフェル氷刃海は、流氷浮かぶ海の上で、凄まじく寒い。

レイヴンがガタガタと震えているのを見て、ベティはクスリと笑った。




「にしても、寒いとこねん。こんなとこ通って、帝都まで行ったとは恐れ入るわぁ」


ベティは滑りそうな氷の上を、こわごわと歩いていく。

「カロルが大活躍だったのじゃ」

パティが楽しそうにその時のことを話してくれた。
カロルは少し照れながらも、嬉しそうにしていて、そういえば、どことなく成長したように思うなあとベティは考えていた。







「で、エアルクレーネでなにすんだ?」

「実証はしてないけど、エアルをマナ……つまり、属性分化したエアルが段階的に部質に移行して、安定する途中、部質に近いけど部質になってない、マナと呼ばれる状態で固定して、変換術式を構築するってわけ。そこに核となる聖核を使って安定させる」



「んー意味わかんない!あたしが頭悪いのぉ?」

「だいじょうぶじゃ!うちもよくわからんが、マナというものに荘厳な雰囲気は感じるのう」

「ボクもよくわかんない……」

「しっかし、よくわかったねえ。さすが天才魔導士」

レイヴンはふうとため息をはいた。

「ベティがヒントをくれたし、ザウデにも答えはあったからよ」

「でも、そこから導き出した結論は、リタが居たからこそよねん」

ベティの言葉にリタはふいっと顔を逸らして、エアルクレーネのそばに聖核を置いた。


「さ、準備はできた。いまからエステルの抑制術式を解除するわ。そしたらエアルクレーネからエアルが放出される。エステルはエアルを、よりマナに近い安定した術式に再構築してほしいの」

「……え……っと…よくわかりません……」

「ここは水の属性が強いから、流れる水をイメージして、あとはエアルに身を任せればいいわ」

そう言ったリタの足元には、術式が展開される。

「エステル、あたしの術式に同調して」

「はい!」



エアルクレーネから出たエアルは蒼穹の水玉に集まっていく。
キラキラと光を放ち、それは次第に水流があふれだす。


「どうなってんだ?」
「大丈夫!いける!」
リタが力強く頷く。


水が一点に集まると、中から何者かがあらわれた。

青い髪の美しい女性だ。





「わらわは……」




ゆっくりと目をあけた女性はベリウスの声だった。




「ベリウス!?ベリウスなの!?」


「ベティ……わらわはベリウス、かつて、ベリウスであった。しかしもはや違う」

「ベリウス……」

「ジュディスか、そなたも変わりないのう」




ベリウスがそう言って笑ったあと、あたりに花びらが舞い上がり、樹の主が長い髪を揺らし、現れた。



「とうとう私の同類が現れたのね」


樹の主はゆったりと笑った。


「お久しゅうございます、アリアード。姿が変わってから、お会いするのははじめてよのう」


「私はもうアリアードではないわ。それは始祖の隷長であった時の名。ベリウス、始祖の隷長のお務め、永きに渡りご苦労様。これからは新たなる者として、共に世界の安寧のために」


樹の主は穏やかに笑う。

「不思議じゃ…世界が手に取るようにわかる……すべての水がわらわに従う……しかし、わらわはなんであろう。人間よ、どうか名を与えて欲しい」

「名を……私も欲しいわ」

樹の主は楽しそうに笑って、ベリウスの隣に並んだ。





「物質の精髄を司る……精霊、なんてどうだ?」



ユーリにしてはめずらしく、知的な事を言う。


「ベリウスはざぶざぶ水色クイー……」


カロルが言いかけたが、皆が白い目で見るので、俯いてしまった。
ベティはカロルの相変わらずのセンスに、思わず吹き出した。


「ベリウスは、古代の言葉で水を統べる者、ウンディーネ、なんてどうです?」

「ウンディーネ……ではわらわは今より精霊、ウンディーネ」

ウンディーネと呼ばれ、噛みしめるように目を伏せた。

「そして、樹の主は、森の護神。レミエル」

エステルは樹の主を見つめた。

「名前なんて、千年以上ぶりだわ」

レミエルは嬉しそうに笑った。

「レミエル……森の護神……ぴったりねん」

ベティも楽しそうに笑う。

レミエルが世界唯一の存在になって、果てしないほど長い時間が流れた。
いつも感じる彼女の孤独が、どこか和らいだ気がして、ベティは嬉しかった。

ユーリ達との出会いで、ベティ自身も大きく変わったから。




「レミエル!ウンディーネ!世界のエアルを抑えるために、力を貸して欲しい」

ユーリが言った。
真っ直ぐなその言葉が、嘘のない決意をあらわにしていた。


「承知しよう、だがわらわ達だけでは足りぬようじゃ。わらわが司るは水のみ。他の属性を統べる者もそろわねばなるまい」

「火、土、風。最低でも基本元素は抑えたいわね」

レミエルが目を伏せた。

「始祖の隷長をなんとかするしかないってこと?」

レイヴンが少し不安げな表情をみせた。

「素直に精霊になってくれるといいのじゃが」

パティもうーんと首を捻る。



「もう、始祖の隷長も少ないわ。フェロー、グシオス…」
「あとバウルだね」
カロルがジュディスを見た。

「バウルはまだ聖核を産むほどのエアルを処理していないし、なにより私が認められそうにないわ」

ジュディスが首を振った。


「残るはクローネス、アスタル……クロー…」
「……!ベティ、アスタルはその……」


エステルが俯いた事で、ベティは全てを察したのか、悲しげに微笑んだ。

「そう……クローネスはちょっと難しいから、フェロー、グシオスあたりから当たりましょん」

何でもないように明るく言った彼女に、エステルは胸がいたんだ。


「輝ける森エレアルーミン、世界の根たるレレウィーゼ。場所はそなたの友、バウルが知っておろう」


ウンディーネはそう言うと、姿を消した。

「あれ!?消えちゃった!」
カロルが驚いてあたりを見回す。
「いえ、います」
エステルは目を瞑った。
「エステルの力も、無事に制御されてるってばぁ」
ベティはレミエルに笑った。
「よかったなエステル」
「リタ、みんな。ありがとうございます」
エステルはぺこりと頭を下げた。



「不思議ね。私のような者……精霊が、こんなにも特定の人間にかまっちゃうなんて」


レミエルは嬉しそうに言った。


「あら、あたしにはずーっとべったりじゃん?今更でしょ?」


ベティがいたずらっぽく笑ったのを見て、レミエルは長い髪を揺らし、また花びら舞う中に消えていった。


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