満月と新月
ごめんなさいとありがとう
ベティの部屋に入ったユーリは、彼女をベッドに寝かせた。
「なんか着替えねえの?」
彼女は無言でキッチンの奥の扉を指差した。
まだ落ち着かないのか、泣いている。
ユーリは扉を開けて服を探す。
適当なパジャマらしきワンピースを手に取ると、窓際にかけてある子供服に目が留まった。
よく見ると、樹の主に眠らされ、迎えに行った時に子供だったベティが着ていた服だ。
「………忘れられない記憶ってか」
ぽつりと呟いたユーリに、ベティが後ろから抱きついた。
「ん〜?どした?」
ユーリは手を後ろに回して、優しくベティに触れた。
「ユーリが落ちた時、一瞬追いかけそうになった」
「そりゃ、追いかけられなくて良かったぜ」
「気づいたら、ソディアをぶってた」
「まあ、仕方ねぇな」
「でも、その時思った。ラゴウやキュモールにも、大切に想われてる人がいたのかなって」
「……………」
「でも、アレクセイを失って気付いたの。大切な人が、間違ったことして、他人を傷つけてたら、嫌だなって」
ベティはぎゅっとユーリを抱きしめる。
「だから、あたしは、あたしのしてきたことを悔やんだりしないし、否定もしない。それが、あたしを大切に想ってくれてる人に、精一杯示せる生き方かなって思ったから」
「それってオレのこと?」
「そうねん」
「幸せにしてやるから、安心しろよ」
ユーリはそう言って、ベティにキスをした。
「ほら、熱あがるぞ。着替えて寝てろ。お粥かなんか作るから」
そう言ってベティの頭を撫でた、ユーリの優しい顔を見ていると、ベティは暖かい気持ちになれた。
身震いするほど辛かった昨日までが、嘘のように。
着替えを済ませたベティは、キッチンに立つユーリの背中に再び抱きつく。
「甘えるなぁ。かわいいけど、寝てなくて辛くないか?」
「うん……ユーリ、黙ってザウデに行って、ごめんね」
「ん、さすがに血まみれのお前見たときは、背筋が凍った」
「あぁ〜死んだなって、あたしも思ったぁ」
「お前もオレを置きざりにすんなよ」
「愛しい人よ〜死ぬまで共に〜さいご〜の瞬間〜手を握って死のぉ〜」
ベティは楽しそうに歌う。
「おお、それがいいな」
「ユーリに出会えてよかった」
「オレも、お前に会えてよかった」
「ふふ、くすぐったいわん。恋人って初めてできたぁ」
「え、まじかよ?」
ユーリは驚いて振り返った。
「ん?うん」
「そっか、そうだよな……」
ユーリはうんうんと頷いた。
「これからはめーいっぱい幸せにしてやるよ」
ユーリはベティの頭をポンポンと撫でた。
「ユーリ」
ベティは真剣な眼差しを向ける。
「どうした?」
「アレクセイを止めてくれて、ありがとう」
ベティはユーリをぎゅっと抱きしめる。
「ん……」
ユーリも強く彼女を抱きしめた。
それからベティにお粥を食べさせ、嫌がる彼女をベッドに押し込んだ。
「ほら寝ろ。熱上がっちまったじゃねえか」
ユーリは、ベティのおでこに手を当てて言った。
「ねぇ、あんまりここに居るとうつるわよん?」
ベティは申し訳なさそうに言った。
「そんな軟弱な風邪、オレは貰わねえよ」
「そんなこと言ってて、うつっても看病しないわよん?」
「そんなこと言ってても、ベティは看病してくれるだろ」
ユーリはにやりと笑って、ベッドに潜った。
「一緒に寝るの?」
ベティが伺うように、上目遣いでユーリを覗くのが、どうしようもなく可愛くて、ユーリはぎゅっと彼女を抱き寄せた。
「あたりまえ。ここんとこ、お前とゆっくりしてなかったし、二週間も心配かけたからな」
「あたしも、すっかりユーリにほだされちゃったわねん」
ベティはぽすりとユーリの胸に顔を埋めた。
「いいことじゃねえの?」
ユーリも嬉しそうに彼女の頭を撫でる。
ベティは嬉しそうに笑った。
「ねえ、どうやって帝都に戻ったのぉ?」
「ああ、デュークが助けてくれたんだよ」
「ええ!?デュークが?ほんと、あの人ってば読めないわねん」
「まあ、宙の戒典が目的って言ってたけどな」
「ん?なんのはなしぃ?」
「アイツに宙の戒典借りたんだよ。バクティオン神殿で」
「ええ?うっそぉ………」
ベティは驚いて顔をあげた。
「気づかなかったのか?オレ、持ってただろ?」
「気づかなかったわねん……ていうより、デュークが人を信用するなんて……」
「よくわかんねえけど、貸してくれたからなあ。もう返しちまったけど、あれなかなかいい剣だったぜ?」
「そりゃそうよぉ。千年前に始祖の隷長と人間が手を結んで作り上げた、貴重なお宝なんだってば」
「へぇ……それが帝国の宝ね。じゃあデュークはあれ、盗んだのか?」
「そうねぇ、取り上げたのよん」
「なんで?」
「帝国には置いとけないって思ったからでしょん。本当の気持ちはデュークの心の内よぉ」
「まぁ確かに、帝国にあるより、アイツが持ってた方がいいのかもな」
「あたしも、そう思うわねん。でも、あれって色んな古代の兵器の鍵になってるって、ベリウスが言ってた。デュークがなんかとんでもない事仕掛けなきゃいいけどねん」
「そうなりゃ、オレたちが止めるまでだ」
「それ、あたしも入ってる?」
「当然だろ。ベティも凛々の明星のメンバーじゃねえか」
「ふふっじゃあ凛々の明星は、世界を救うギルドねん」
「そんな大きな事じゃねえよ。抱えきれるもんだけ、守ればいい」
「わかってないなぁ。抱えきれるものを守るなら、世界を守る事になるのよん」
「そりゃ、たまたまだ。たまたま」
ユーリの言葉にベティはおかしそうに笑った。
「ほら、寝ようぜ。明日調子よかったら、リタんとこ行かねえと」
「うん。いい結果が聞けそうねん」