満月と新月 | ナノ
満月と新月



ありえない



それから二週間。何度議論を重ねても、ユニオンが纏まりを見せる事は無かった。

ベティも、皆からの信頼はどうあれ、事実上はユニオンには入っていないので、重要な事には口を挟めない。

挙句、孫であるハリーは、一向に姿を見せなくなってしまった。
負い目を感じているのだろうが、会議くらいは出てもらわないと困る。



「もう、ベティが仕切ってくれよ」

ユニオンの会議室で、男が漏らした。

「バカいわないでよん。あたしはドンが居たから、ユニオンの事にも首突っ込んでたの」

「でもよ……」

「ぶっちゃけドンの後継にハリーはまだ若すぎるわん。みんなで助け合ったらいいんじゃないのぉ?」






まとまらない話にうんざりして、ベティは会議室を出た。

部屋に戻ろうとした所で、レイヴンに腕を掴まれた。

「ベティちゃん、痩せたね。ちゃんと食べてる?」

レイヴンはいつになく、心配そうに言った。

ザウデから戻って二週間。
ベティの顔色は冴えない上に、日に日に痩せていくように見えた。
おまけに会議室と自室の往復だけで、彼女はユニオン本部の外に出ようともしない。
ベティらしからぬ行動だ。

「食べてるわよん」

「ちょっと、おっさんに付き合ってよ」

レイヴンはいつもの様に笑い、ベティの腕をそのまま引っ張った。

「もう部屋に戻って寝たいんだけどぉ……」

「まま、そう言わずにさ」

レイヴンが意気揚々と酒場に向かって歩き出したので、ベティも仕方なく続いた。



しかしユニオンを出たところで、ハリーが走って出てきたので、ベティは彼の腕を掴んだ。

「どこ行くのよん」

「離してくれ!ドンは俺のせいで死んだんだ!俺はドンみたいにはなれっこない!」

「誰もそんな事言ってないでしょ」

レイヴンはため息をついた。

「会議くらい出なさいよぉ」

ベティも思わずため息をもらす。

「ベティに何がわかるんだよ!みんなに信頼されて、ドンにも信頼されてた、ベティに!」

「甘えたこと言ってんじゃ……」

そう言いかけたベティの視界がぐらりと揺れた。

「あ、やば……」



ふらりと倒れそうになった体を、黒い影が支えた。
愛おしい香りに、ドクリと心臓が跳ねる。




「お前、大丈夫か?だいぶ痩せたな…」




そう言ったのはユーリ。
心配そうにベティを見つめている。

「ユーリ……?」

ベティは驚いて目を見開いた。

「おう、心配かけたな」

にっこり笑ったユーリ。
いつの間にか皆が揃っている。

「本物……?」

「おう、ちゃんと生きてるぜ」

約束したもんな、と笑うユーリにベティはへたり込んでしまった。

「おい、大丈夫か?」

ユーリがベティの前にしゃがんだ。



「………ありえない……」


ベティはポツリと呟いた。

「ん?」

「ありえない!」

ベティはユーリに掴みかかり、地面に押し倒した。

「うおっ」

「なんで!一番先に会いにこないのよ!」

ベティの目から大粒の涙がボタボタと零れた。

「わ、悪かったよ……目ぇ覚めたら下町でよ…リタんとこ寄ったりしてて……」

「ありえない!ヨーデルに馬でも借りてダングレストまで来い!」

「激しいわね」

ジュディスがふふっと笑った。

「次期皇帝陛下を呼び捨てだもんね……」

カロルも呆れ顔だ。




「あたしとユーリは!恋人じゃなかったの!?」




ベティはぎゅっとユーリの服を掴む。

「あれ、いつのまに付き合い始めたの?」

レイヴンは首を傾げる。

「ザウデに向かう、前の日だそうです」

エステルは力なく笑った。

ああ、なるほど……とレイヴンは頷いた。


「1人にしないって言ったんだから……無事なら……すぐに……」

ベティはグスッと鼻をすすり、俯いた。

「ちょっ…悪かったよ…お前をほっとける状態じゃなかったのに……」

ユーリは慌てた様子で言った。

「意外な反応ね……焦ってるわよ」

リタが言った。

「ベティ姐になら、負けを認めてもいいのじゃ〜」

パティは失恋のはずだが、どこか嬉しそうだ。

「うっ…本当は…ユニオンの会議なんか出たくなかったのに…ユーリの事信じて…待ってたのに……」

ベティの涙がユーリの服を濡らす。

「悪かった……次は1番に会いにくる」

ユーリはベティを抱きしめ、頭を撫でた。

「次なんかあったら困るわよぉ……」

「もっともね、おかしなこと言うわ、ユーリって」

ジュディスがため息をついた。

「なぁ、お前熱あんじゃねえの?」

ユーリはベティの体温が、いつもより高いことに眉を寄せた。

「ベティちゃん、この二週間ずっと休んでないし、ご飯も食べてなかったみたいだからねえ」

レイヴンが肩を竦めた。

「え!?ベティだいじょうぶですか!?」

「あんな大怪我しとったのに、休んでない、食べてない、ではいかんのじゃあ」

「ユニオンもゴタゴタしてたからね…」

カロルが心配そうに見つめた。

「オレ、こいつ部屋で休ませるわ。リタ、話は明日でもいいか?」

「ええ、あたしら宿に戻ってるわ」

ユーリは泣きじゃくるベティを、そのまま抱き上げユニオンに入って行った。



「ねえ、あんた。ドンの聖核譲ってくんない?」

リタはハリーを見た。

「あれはドンの跡目継いだ奴のもんだ」

ハリーはふいっと顔をそらす。

「それはいつ決まるのかの?」

「知らねえ。俺に聞くな」

「じゃぁ誰に聞けば教えてくれるんじゃ〜?」

パティは困ったように首を捻った。

「まぁ、とりあえずそれは何とかするわ」

レイヴンがハリーの肩を抱いた。

「あら、おじさま、頼りになるわ」

ジュディスの言葉に、レイヴンは、嬉しそうに鼻の下を伸ばした。

「はぁ……とりあえず、宿に行きましょうか…」

エステルが歩き出したので、リタとカロル、パティ、ラピードが続いた。

「青年に最初に会ったのって嬢ちゃん?」

レイヴンがジュディスを見る。

「ええ、そうよ」

ジュディスは読めない笑みを浮かべた。


「じゃ、フられたのね、嬢ちゃん」


「あら、そんな噂話したら、乙女は傷つくわよ?」
ジュディスは首を傾げて歩き出した。


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