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なんだかんだと億泰くんと話していたら、もうとっぷり夜が更ける時間になっていて、いい加減帰らなきゃ迷惑だと思い、帰宅することを告げた。
「今日は本当にありがとう、そして怪我させちゃってごめんなさい。また後日お礼に伺うね。お兄さんにもお詫びしとかないといけないし…」
「いやぁ、お礼とかそういうのはガラじゃね〜しいいっスよ。兄貴には….適当に喧嘩したって言っとくんで大丈夫っス。」
そう言って億泰くんは頑なにお兄さんへの報告はいいと言った。さっきも家族のことを話す時に何か含みのある様子だったしあんまり兄弟仲が良くないのかな?と不思議に思った。
そしてあの日から数日が過ぎ、社会人にとっては天国のような華の金曜日、通称華金がやってきた。
仕事を終えると同僚から飲み会に誘われたのだけれど、今日は残念ながら用事があると言って丁重に断った。
会社を出て街に向かい、前に見かけたおしゃれな洋菓子屋さんに入る。そこでケーキをいくつか買ってとある場所へ向かう。
そう、億泰くんの家だ。ピンポーンとチャイムを押すとはァ〜い?という気の抜けた億泰くんの声が聞こえた。
「億泰くん?ナマエです。」
「?!ナマエさんっスか?!ちょっと待っててくださいねェ〜〜っ!」
しばらくしてガチャ、とドアが開き相変わらずカスタマイズした制服に身を包んだ億泰くんがそこにいた。
「はい、これたいしたものじゃないんだけどケーキ。良かったら食べて?」
億泰くんに中にいれてもらい、再び虹村家のリビングに足を踏み入れる。
お土産に買ってきたケーキを億泰くんに渡す。億泰くんはいいんスか〜〜?気を使わなくていいのに〜、と笑顔でケーキの入った箱を受け取る。ケーキが好きなようで良かった。
今日もお兄さんはいないらしく億泰くんは一人でお家にいた。前々から思っていたけど、お兄さんは夜家を空けることが多いらしいし、そんな時億泰くんは一人で寂しくないのかなとふと疑問に思った。まぁ男の子だしそんなに寂しいとかは思わないのかな?
「あ、億泰くん顔の怪我良くなったね…良かった…」
「こんぐらいのモンは怪我のうちに入んねーッスよォ〜〜、心配しなくても平気っス。」
「心配だよ…その傷お兄さんになにか言われなかった?」
「オレこんな外見だからよォ〜、よく喧嘩売られるんだよなァ…だから今回もそんなかんじだって兄貴に言ったら見事に信じたぜェ〜〜」
「そんなにしょっちゅう喧嘩してるの億泰くん…」
ナマエは頭を抑えながら苦悩した。
「男なんて喧嘩してなんぼっスよぉナマエさん!」
そんな物騒な。億泰くんみたいな男の子を見てるとヒヤヒヤする。まるでお母さんの心境だなぁと内心苦笑しながら母心ついでに質問する。
「そういえば億泰くん、ごはんはどうしてるの?」
「飯っスか?たいてい弁当屋かコンビニか買いだめしたカップラーメンッスねエ〜」
衝撃の発言である。
まぁ確かに億泰くんが料理しそうか否かと問われればNOだけど、育ち盛りの高校生が毎日そんな適当な食生活を送っていいのだろうか(いや、良くない)。
「億泰くん…少しは自炊しなよ。お兄さんはしないの?」
「ん〜〜…兄貴はオレとは違って器用だけどよォ〜〜…忙しいからいちいち作ってるヒマねェんすよ」
「そう…」
やれやれである。
ナマエは見かねて虹村家のキッチンを見させてもらった。
調理用具や備品はちゃんと存在した。しかし冷蔵庫の中身は相当残念なもので、飲料と少しの調味料、食べかけのお菓子らしきもの(絶対億泰くんのだ)しかない。それを見ただけで、あぁ普段料理しないんだと丸わかりである。
他人様の冷蔵庫を見てなんだけど、これはヒドイと思わざるを得ない。
「…億泰くん、夕ご飯食べた?」
「?まだっスよ」
「そう…ね、ちょっと待っててくれないかな!すぐ戻るから!」
そういってナマエはバックを持って外に飛び出して行った。
一人残された億泰は意味もわからず、とりあえず側にあったリモコンを手に取りテレビを見ることにした。
しばらくして買い物袋を両手に引っさげて戻ってきたナマエはキッチン借りるねーと一言言ってキッチンに直行しチャキチャキと慣れた手つきで料理をし始めた。
「億泰くーん、何か食べれないものとかあるー?」
「辛いもの以外は特に…ってナマエさん!!な、何してるんすかァ〜!」
「え?何って晩ご飯作ってる…たいしたものつくれないけど」
「そーいうことじゃなくてナァ〜…おれ申し訳ねェっスよ!ナマエさんに料理つくらせるなんてヨォ〜〜」
ぽりぽりと頭をかいて遠慮する億泰くん。でもその口元はにやにやとしていて言葉と態度が合致していない。そんな億泰を見てナマエは微笑んだ。
「いいのいいの!私が勝手にやりたいって思っただけだから、億泰くんは出来るまでくつろいでてよ」
ふんふんと鼻歌交じりに料理を進めるナマエを見つつ、億泰はもじもじとソファに座った。
年上のお姉さんが自分の家のキッチンで料理をしているというイレギュラーな展開に対して、そわそわしてしまうのは思春期の男子学生なら誰でもわかるだろう。
自分の家なのに自分の家じゃないような、なんとも不思議な感覚を覚えていたのだった。
そのうち美味しそうな香りが、キッチンからリビング中に広がってきた。
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