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一夜明けて、ナマエはいつもと同じように会社で働いていた。と、いいたいところだったが実際は業務に身が入らず上の空だった。昨日さまざまな事が降りかかるように起こったことが原因で落ち着いて仕事をできる心境ではなかった。それでも仕事は仕事でやらなきゃいけないという気概はあったので、なるべく普段通りに業務をしようとつとめていた。定時より1時間ほど残業して今日の仕事を終えたころ、後輩の一人がナマエの元へやってきた。
「ナマエさん、あの、なんか男の人が会社の外でナマエさんに用事があるといって来ているんですけど…」
後輩は好奇心を滲ませた表情でナマエにそう伝えた。
男の人…一体誰だろう?この町での知り合いなんて本当に限られているし…
見当のつかない来訪者に疑問符を浮かべながらもナマエはすばやく帰り支度をして会社を出た。
「君が…ミョウジナマエか?突然すまない。」
会社を出ると、目の前にたいへん身長の高い(2mあるんじゃないかというぐらい!) 白い帽子を被った男性が立っていた。
「あ、はい…そうです。あの、どなた様ですか…?」
正体不明の男性におそるおそるナマエは聞いた。
帽子の下の表情はあまり読めない。
全身白ずくめの男性の出で立ちにナマエは面食らった。
「おれは空条承太郎という。東方仗助の親戚にあたる者だ。今日ここへ来たのは虹村兄弟の弓と矢の件と、君自身について話を聞きたいと思ったからだ。よければこの後少し話をさせてもらえないか?」
「えっ、はいっ!いいですよ」
ナマエは驚きながらも承諾し、二人は近くの喫茶店に入った。
窓際の席に案内されると空条承太郎はコーヒーを注文し、ナマエはカプチーノを頼んだ。夕食時の喫茶店にはあまり人が入っていない。静かなBGMが店内に流れている。
「あの!昨日は仗助くんに右肩を治してもらって・・・本当にありがとうございました!」
今度改めて本人に会ってお礼したいです、とナマエはつけ足しながら言った。
「ああ・・昨日は色々と大変だったようだな。」
昨日のことを思い出す。今更になって自分のしたことは大分危なっかしい行為だったと認識する。
「君のことを少々調べさせてもらった。君は地元の人間じゃないんだな。この杜王町に赴任してきたのも最近のようだが・・・何故虹村兄弟と関わりを持つようになったのかを訊きたい。」
ナマエは正体不明の空条承太郎という男性に少々戸惑いながらも、これまでのいきさつを素直に打ち明けた。
「・・・なるほど。つまり君は弓と矢に関しては全く無関係だということだな。」
「はい・・弓と矢というものの存在を知ったのもつい昨日のことで・・」
ナマエは目を伏せて自分の手の中にあるカップに目をやった。そしてゆっくり顔を上げて空条承太郎の目を見て言った。
「空条さんは何の目的で私のことや弓と矢について調べているんですか?」
「・・・おれは弓と矢を回収する為にこの町にきた。弓と矢によって危険なスタンド使いが生まれることを阻止しなくてはならない。君も知っているだろうが虹村形兆によってスタンド使いになった人間がこの杜王町に潜んでいる。その中に弓と矢を奪っていった音石明も含まれている。あの男は電気を媒介するところならどこだろうと移動できるだろう。音石を初めとするスタンドを悪用する可能性のある者はその悪用を阻止させねばならない。」
そう言って承太郎はナマエに名刺を差し出した
「おれはしばらくの間、弓と矢の回収とこの町のスタンド使いの調査で杜王グランドホテルに留まる予定だ。何かあったらここへ連絡をくれ。」
ナマエはその名刺を受け取った。
空条さんが、スタンドを悪用する人間をこれ以上増やさないように活動をしているということはわかった。
だけど・・
それなら、いまだに弓と矢を諦めていないだろう形兆くんはこれからどうなるのか?過去にも多くの余罪がある形兆くんはこのまま野放しというわけにはいかないだろう。世間一般的な法律で裁くことが出来ない分、その処遇が心配だ。
「それと、虹村形兆のことだが・・・」
ナマエは身体をビクッと揺らした。今まさに憂いていることを切り出されて思わず目の中に不安の影を滲ませた。
そんなナマエを感情の読めない瞳で見つめながら、空条承太郎は言った。
「ここへ来る前に虹村形兆とその弟に会ってきた。虹村形兆は『弓と矢』を使って父親を殺すことが可能なスタンド使いを探すことはもうしないと言ってみせた。無論、それが真実なのか証明することはできないが・・・少なくとも彼の目からは嘘を言っているような印象は受けなかった。」
「え・・、いま、なん、て?」
承太郎はナマエの目をしっかりと見据えて告げる。
「虹村形兆はもう父親を殺すスタンド使いを探さない、と言った。」
「・・・!ほんと、に」
ナマエはいまだに承太郎の言ったことばが信じられない様子であった。それでもその瞳からは涙がわきあがっていた。初対面の人に泣き顔を見せるなんてと思いながらもこみ上げる涙を抑えきれなかった。震える身体を押さえながら静かに嗚咽する。
そんなナマエを見て空条承太郎は初めて動揺の色を少しだけ瞳にうつして「やれやれ」と息をついた。
「虹村形兆が弓と矢に固執することが無くなったとはいえ、彼がしてきた罪の数々は大きい。これから一生償っていかなければならないことにはなるだろう。・・・だが兄弟で支え合っていけば険しい道も乗り越えられる筈だ。」
ナマエはハンカチで目を拭いながら、承太郎の話を聞いていた。
気づけば喫茶店には彼ら2人だけしか居なかった。
「・・・虹村億泰が言っていた。」
承太郎はぽつりとナマエに声をかけた。
「兄の形兆が、あれほど固執していた弓と矢を手放して今一度父と向き合う決心をしたのは、ナマエのおかげだと、」
ナマエはその言葉を聞いてバッと顔を上げて承太郎の顔を見た。
目に涙をいっぱいためて、ぶんぶんと顔を横に振る。
そんなナマエを見て、心なしか表情を和らげた承太郎は言った。
「・・君と兄弟のつながりはよく分からないが、できることなら彼らの傍にいて支えてやって欲しい。」
ナマエは嗚咽しながらも返事の代わりにゆっくりと頷いた。
ぼすっ
すると頭に突然重量感が増してナマエは目をパチクリさせた。
承太郎が先ほどから泣き止まないナマエの頭をぽんぽんしているようだった。
口調はぶっきらぼうなのに、そんなことをしてくる承太郎にナマエは思わず笑みを零した。
初対面ではあるけれど、妙に安心感があって信頼できる人だとナマエは思った。
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東方仗助は学校終わりに康一とカフェドゥマゴに寄り、その帰り道を一人歩いていた。
「ちくしょォ〜〜…昨日やられたキズが痛むぜ…って、おおっ?あれは承太郎さん?」
仗助は通りがかりの喫茶店によく知る人物がいることに気付く。
外から手を振ろうかと考えた直後、承太郎が一緒にいる女性の頭を撫でているのが見えた。
「うおぉっ!?じ、承太郎さん…まさかデート中っスかぁ〜〜?!」
あの承太郎さんが女性と仲睦まじくしているなんて!
ショックを受けながらもワクワクと湧き上がるものがあり、女の顔を見てみたいと思った。こっそり承太郎に見つからないように近づく。
承太郎さんも弓と矢を探し集めるとか言っときながらよくやるなァ…
そんなことを思いながらこっそり承太郎に見つからないように店に近づく。
どれどれ、承太郎さんの彼女はどんな顔…
そこで仗助の足はピタッと止まった。
「なッ…?!あの女は…」
今承太郎に頭を撫でられながらはにかんでいる女は、昨日虹村家に突然あらわれたミョウジナマエという女であった。
「な、ななな…?!」
仗助は混乱した。何故承太郎とミョウジナマエが一緒にいるのか。そしてカップルのような雰囲気を醸し出しているのか。はたから見るととてもお似合いのカップルに見える。
「こ、こいつぁグレートだぜ…」
承太郎さんの彼女はどういうわけか、ミョウジナマエだった !
仗助は盛大な勘違いをしながら、驚きを隠せない様子でその場を後にしたのだった。
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