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謎のスタンド使いが弓と矢を奪って消えた後、場は一瞬おどろくほど静まり返った。
「ナマエさんッ…!!」
しかし億泰のその一言で静寂は破られた。
意識を取り戻しナマエの姿を見た億泰は顔を青くしてナマエの元へ駆け寄った。
ナマエはいつのまにか気を失っていた。それによって彼女のスタンドも消えていた。
肩の傷を見ると痛々しく爪で抉られ出血していた。億泰は顔を歪めてそれを見ると、仗助の方に向きなおった。
「仗助ェェ〜〜ッ!頼むッ!この人の傷を治してくれよォ〜〜」
仗助はその嘆願に無言の頷きで返し、ナマエのそばに歩みよると彼のスタンド、クレイジーダイヤモンドでナマエの肩の傷を元どおりににした。
「ふぅ…これで大丈夫だろう」
「ありがとうよお〜〜ッ!!」
「ん。ところで億泰この女の人は誰なんだ?あと今襲ってきたスタンド使いは何者なのかも説明してもらうぜ。」
康一はしげしげとナマエの顔をみて言った。
「ぼく・・このナマエさんていう女の人、見たことあるよ・・以前犬の散歩してたときに・・」
仗助は何が何だかよく分からないという顔で自分以外の周りを見渡した。
「この女は…俺達の計画とは無関係なただの無害なスタンド使いだ…。今襲ってきた男は、おれが数ヶ月前に矢で射った音石明という男だ。あそこまで成長するとは計算外だった。」
仗助の問いに答えたのは形兆だった。形兆はちらりとナマエを見やると仗助の方に目線を向けた。
「形兆さんよォ〜〜、その音石明っていうヤツが弓と矢を盗んだ理由はなんなんだよ?」
「さぁな・・その理由はおれにもよくわからない。だがどちみちあの男から弓と矢を取り戻さねばいけないことには変わりないだろう。」
東方仗助は立て続けに起こった予想外の事柄に、ため息をついて思わず空を見た。
「う〜ん・・・」
目を開くと、見知らぬ場所にいた。
ここはどこだろう・・?そう思いきょろきょろと周りを見渡す。
「?!!」
ナマエは驚いた。ベッド近くの床に億泰くんが寝転がっていたからだ。散らかった床の空いたスペースで窮屈そうにイビキをかいて寝ている。
状況から判断するに、ここは億泰くんの部屋らしい。
そこで気を失う前の事を思い出す。突然現れたスタンドによって右肩に怪我を負ったはずだ。でも実際に肩を触ると痛みもなくかすり傷ひとつ無かった。
「あれ、なんで・・・」
「気が付いたか」
突然声を掛けられてビックリして聞こえてきた声の方向を見る。
そこには部屋のドアに寄り掛かった形兆の姿があった。
「形兆くん…」
薄暗くて顔までは見えなかったがあの学ランはまさしく形兆くんのものだった。
「あの、形兆くん…私、気を失ってたの?あの後何が・・」
ナマエがそう尋ねると、一瞬沈黙が広がった。
「…弓と矢はさっきお前を襲ったスタンド使いに奪われた。そして東方仗助のスタンドがお前の肩の傷を治癒した。」
「そう・・・なんだ」
やはり例の『弓と矢』は奪われてしまったらしい。そして怪我をした右肩はあの場にいた東方仗助くんという男の子が治してくれたというから驚きだ。今度会ったらお礼をしなくては、とナマエは頭の片隅で思いながらまだどこかうつろな様子で相槌をした。
「まともな客間が無いから億泰の部屋に運んだ。そこで我慢しろ。今日はもう遅い、泊まっていって構わない。」
「あっありがとう!」
そのおかげで床で寝るはめになった億泰くんに申し訳ないなと思いながらナマエはお礼を言った。
窓から月明かりが差し込んでいる。再び静寂が訪れる。
「一つ・・聞きたい。」
形兆はそう言った。
「?どうしたの?」
「何故、俺達を助けた?」
俺達を助ける義理はないだろう、と言外に伝えているような問い。
形兆は月明かりだけが差し込む部屋の中でナマエを真っ直ぐ見つめながら訊いた。
ナマエは少し思案した顔をした後、こう言った。
「なんで・・・だろう。なんかね、億泰くんと形兆くんを見てるとね、ほっとけない気持ちになるの。上手くは言えないんだけど・・あの時襲いかかってくるスタンドの姿を見て、絶対あなたたち兄弟を死なせたくない!・・って思った。思った時には体が動いてたの。」
「何故だ・・。億泰はともかく俺は弓と矢で何人もこの町の人間を殺してきた。殺され憎まれる理由はあっても、そんなふうに庇われる義理はない。」
「ねぇ形兆くん・・形兆くんはまだお父さんを殺してくれるスタンド使いを探すの?」
今度はナマエが形兆を真っ直ぐ見てそう言った。
「言っただろ、おれはもうあと戻りすることはできない・・俺は弓と矢で何人もこの町の人間を殺してきた。道を外れたものが今更戻れるわけがねえんだ・・。」
「・・そうやって形兆くんは逃げるの?」
「・・何だと?」
部屋の空気が変わる。形兆は目を鋭くしてナマエを見る。
「形兆くんはずるいよ。無害な人を殺したっていう自覚があるならなんでその人たちに対して向き合おうとしないの。大切なものを失う悲しみや苦しみがわかっててどうして無関係な人を同じ目に合わせるの。形兆くんはあと戻りできないんじゃあない、あと戻りするのが恐いだけなんだよ。」
形兆はその言葉に目を見開いて、ナマエのもとに近づき思い切り両肩を掴んだ。
ナマエは力強く肩を掴まれて痛みに少し顔を歪ませる。
「てめェーになにがわかる・・・。のうのうと人生を生きてきただけの女に・・。おれがこの18年間どんだけ死にもの狂いで生きてきたかわかるか・・?」
「そんなの、わからないよ・・。独りきりで誰の声も聞こうとしない形兆くんのことなんて・・・」
ナマエは睨みつけてくる形兆の目を見て言う。
「お父さんはあなた達兄弟の事をちゃんと覚えてたじゃない・・今だってきっと億泰くんと形兆くんのことを愛してるはずだよ・・億泰くんだって口にはしないけど形兆くんのことを大事なお兄さんだって思ってる・・なのにどうしてそんな家族の声すらも聞いてあげないの?」
「・・・ッ!」
形兆のナマエを掴む手は震えていた。苦しそうに顔を歪めてナマエを見ている。
「黙れ・・・ッ」
形兆はナマエをそのままベッドに押し倒した。細見なナマエの身体は無抵抗に近いほどあっけなく倒された。ナマエはそれにもかかわらず怯まないようすで形兆を見据えている。
「親父も億泰もおれにとっては血がつながっているだけの他人だ・・あんなやつら家族とも思ってないね・・」
そう言いながらも、形兆の表情は辛そうなものだった。
「ちがう!」
ナマエはここにきて大きな声を出した。外の月明かりが2人を照らす。
「ちがうでしょ・・。じゃあなんでさっき敵のスタンドに襲われそうになった時、億泰くんをかばおうとしたの・・?お父さんが家族の写真を見て大泣きしてたとき、少しも心が動かなかったっていうの・・?」
ナマエは横を向いて哀しい表情をした
「スタンド使いを探し始めたのだって、お父さんを楽にしてあげたいって思ったからでしょう?形兆くん・・あなたは誰よりも強くて優しいよ・・。」
「だから・・・」
形兆は黙ってナマエを見ていた。ナマエも形兆の目をしっかりと見た。
「もうあと戻りできないだなんて悲しいこと言わないで・・。」
ナマエの目から一筋涙がすべり落ちた。
暗闇の中で、月明りに照らされたナマエの白い肌だけが浮かび上がっているようだった。そんな光景を見て、思わず肩を掴んでいた手を離した。
自分達とは全く関係のないミョウジナマエがここまで兄弟のために必死になっている姿が形兆にとっては不思議でたまらなかった。
すると、ナマエはきょとんとした表情で手を伸ばしてきた。
そこで形兆は、自分の目からも涙が零れていることに気付いた。
ナマエはそんな形兆の涙を手でそっと拭った。
何故か涙が止まらない。形兆はそんな自身が理解できなかった。
何故自分はこの女の前でみっともなく涙を流しているのだろう、と。
気付くと床で寝ていた億泰が目を覚まして起き上がっていた。億泰もまた、そんな兄の姿を見て涙をこぼしていた。
誰も何も話すことはない。
ただ、どうしようもなく悲しいような辛いような寂しいような侘しいような何とも言えない感情が涙になって流れ出ていた。
そんな形兆の頭をそっとナマエは撫でた。
深夜の暗闇の中で、月だけがこの3人を見ていた。
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