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その日は珍しく定時ぴったりに仕事が終わった。ラッキーとばかりに今日は虹村家にお邪魔しようかしらと帰る支度をしながらナマエは考える。

帰りに亀ユーに寄って食材をいくつか買い込む。今日は卵がお買い得品で最後の一つをゲットすることができ、ほくほくしながら虹村家へ向かった。



…?

家の前に到着してナマエは何かがいつもと違うと感じた。おそるおそる門をキィ…と開けると扉に向かうまでに血痕がいくつか滴っていた。

なに、これ、血…?

億泰くんの家で何か事件が起こったのだろうか?
ナマエはサッと顔を青くすると急いで玄関の扉を開いた。鍵が開いている…やっぱり何かあったのだと確信する。

家に足を踏み入れると、いつもと変わらず薄暗い様子だが、一階に人の気配は無かった。

血痕は階段に続いていた。ナマエは少し戸惑った。2階以上には登ってはいけない決まりがあったし、今何が起こっているかもわからない状況で勝手に進んでいいのかと。警察を呼んだほうがいいんじゃないのかとも考えた。しかし、もしこのトラブルがスタンド使い同士のものだったら警察では処理できない。形兆くんはスタンド使いを熱心に探している様子だったし、その可能性は極めて高いと感じた。

「よしっ!」

ナマエは気合を入れて、階段を上がる決意をした。一歩ずつ慎重に二階に上がった。二階にたどり着くと、部屋の壁や床がボロボロの惨状になっていた。さっきまでこの部屋で戦闘が繰り広げられたことを如実に物語っている。すると、さらに上の階から複数の人の気配や物音が聞こえてきた。どうやら屋根裏に部屋が続いているようだった。


ナマエは静かに音をたてないようにして屋根裏への階段を登った。ふと上っていく途中で、屋根裏部屋の前に誰かが立っていることに気付いた。薄暗くて分かりづらいが、あのシルエットはナマエがよく知る人物であった。



「あ・・・億泰くん・・?!」


静かに駆け寄ってそう尋ねると、部屋の中に気をとられていた様子の億泰くんは驚いた様子でこちらを勢いよく見た。


「なッ・・ナマエさん・・!」


「ねぇ、億泰くん一体何があっ・・」


ナマエの言葉はそこで途切れた。それもその筈だった。億泰はナマエの口に手を当て、部屋の中からナマエが見えないように腰に手を回し自分の方へ引き寄せたからだ。
ナマエは突然のことにわけがわからないというふうに、億泰の顔を困惑気味に見上げた。喋ることができないので、目だけで訴える。億泰はすまなそうに眉を下げナマエを見下ろした後、再び部屋の中で起こっていることに意識を集中させているようだった。


ナマエは億泰くんの身体でがっちりとロックされてしまい、口も大きな手で塞がれているので中の様子を覗き見ることも叶わなかった。ナマエは観念して、目を閉じて耳をすますことにした。


中から複数人が会話する声が聞こえる。
ナマエは声から現状を把握しようとした。

「おやじさんを『治す』・・・スタンド使いを探してたっつーわけか」

知らない男性の声が聞こえてきた。

「『治す』?・・フフフフフフ、おめーがなおすってか?」

続いて形兆くんの声が部屋に響いた。


「・・・ちうがうね。」

ポツリと形兆くんは呟いた。


「逆だ・・・おやじを殺してくれるスタンド使いをおれは探しているんだよ〜〜〜〜っ!おやじは絶対に死なねえんだ・・・頭をつぶそーとも体をこなみじんにしよーともけずりとろーとも絶対な。このまんま永遠に生きるだろう・・」


「なぜなら・・・10年前・・おやじはあやつり人形にされるため・・『DIO』っつう男の細胞を・・頭にうめこまれてこーなっちまったんだからなぁーーーっ!!」

形兆くんの声は震えていた。もしかしたら泣いているのかもしれない。

「おやじを『普通』に死なせてやりたいんだ・・・そのためならどんなことでもするって子供のとき誓った・・・そのためにこの『弓と矢』は絶対に必要なんだ・・・」


ナマエは息をするのも忘れそうなぐらい目を見張って話を聞いていた。



その後形兆くんの口からすべての真実が話された。DIOという不死身の人物の細胞を埋め込まれて豹変してしまった形兆くんと億泰くんのお父さんのこと、そしてお父さんを殺せるスタンド使いを見つけるために、弓と矢と呼ばれるものでスタンド使いを増やしていたということを・・
まさか、そんなことがあったなんて・・・私はなんにも知らなかった・・こんなに壮絶な悲劇が虹村家に起こっていたなんて・・・


ナマエは鐘で頭をつかれたような衝撃を受けていた。



中からは目視することはできないがゴソゴソと何かをあさる音や、鎖が床を擦れる音が聞こえてくる。


「ちらかすなって何度も教えたろうッ!」

「うひいいいいい」




そう強く怒鳴って殴り、蹴り飛ばす音がこだまする。苦しそうな声が聞こえる。もしかして形兆くん、お父さんに暴力をふるっているの・・?!


「しつけりゃあけっこうゆーことをきくんだがよーーッこの箱をゴソゴソやるんだきゃあやめやがらねえ!」

「おい!やめるのはおまえだよッ!おまえの父親だろーによーーっ」

東方仗助と呼ばれた男性はそう言って形兆くんの行動を制した。

「ああ・・そうだよ・・実の父親さ・・血のつながりはな・・だがこいつは父親であってもう父親じゃあない!DIOに魂を売った男さッ!自業自得の男さッ!」


誰も言葉を発することが出来ず、ただ形兆くんの声が響く。


「そして・・また一方で父親だからこそやり切れない気持ちっつーのがおまえにわかるいかい?だからこそフツーに死なせてやりてえって気持ちがあんだよ」


「こいつを殺した時にやっとおれの人生が始まるんだッ!」


形兆くんが叫ぶ。私の身体を押さえている億泰くんの身体は震えていた。



東方仗助という男性はスタンド使いのようで、兄弟のお父さんがつまんでいた紙切れを復元してみせた。そしてそこには幸せだったころの家族の写真が一枚存在していたようだった。中からはお父さんの嗚咽する声が聞こえてきた。


「『殺す』スタンド使いよりよーー、『治す』スタンド使いを探すっつーんなら手伝ってもいいぜ」

と、東方仗助という男性は言った。




「うっ・・・っくっ・・・」

億泰くんの顔を見上げると、大粒の涙を瞳から溢れさせていた。私はどうしたらいいのかもわからなくて、いつのまにか拘束がゆるまって自由になった腕を億泰くんの背中に回してそっと撫でることしかできなかった。



少し経って、億泰くんは静かに私の腕を自分の身体から離した。


「ごめんなナマエさん」


そう一言億泰くんは私に謝ると、部屋の中にひとり入って行った。私は一人その場に残された。



「兄貴・・・もうやめようぜ・・・・」


「億泰・・・」


相当の勇気を振り絞ったのだろう。億泰くんはそう言って形兆くんの元へ近づいた。



「おやじは治るかもしれねーなあ〜・・。肉体は治んなくともよぉ〜、心と記憶は昔の父さんに戻るかもなあ〜」


億泰くんは形兆くんの持つ『弓』を掴んだ。


「億泰・・・なにつかんでんだよ・・?」


「兄貴ィ・・・」


「どけェ〜〜〜っ億泰〜〜〜っ、おれはなにがあろうと後戻りすることはできねえんだよ・・・スタンド能力のあるやつを見つけるため この『弓と矢』でこの町の人間を何人も殺しちまってんだからなあ〜」


形兆くんはまるで自分に言い聞かせるようにそう言い放った。




その時ナマエはある異変に気付いた。ドアのすぐそばのコンセントに火花のようなものが散っているのが見えたのだ。ナマエのいる位置からでは部屋の手前しか見えなかったのだが、それが逆に異変を誰よりも早く察知するきっかけになった。ショートするような原因もないのに何故・・、ナマエは訝しんだ。




「おい・・・おめーらよー・・このおやじの他にまだ身内がいるのかよッ!」

突然東方仗助と呼ばれた男性が声をあげた。

「身内?おれたちは3人家族・・・」


その時コンセントの火花が、どんどん拡大していきバチバチと音を立てながら何か生物の頭のようなものが出てきた。


これは・・・スタンド?!


「億泰くんッ!!後ろを見てッ!」


ナマエはとっさに叫んだ。コンセントから出てくる謎のスタンドを見て何かとても嫌な予感がしたのだ。

億泰くんは私の声を聞いて後ろを振り返った。スタンドはコンセントから完全にその恐竜のような姿をあらわした。

「・・・なっなんだこりゃァ・・」


億泰くんは驚きに身を竦ませている。このままでは億泰くんが危ない!


「ソルダートッッ!!」

「おいッ億泰ッ!ボケッとしてんじゃあねーぞッ!」



ナマエが叫んでソルダートが高速で飛び出したのと、形兆が億泰に叫んだのは同時だった。


ソルダートは四本足で一瞬で跳躍し、億泰と、億泰をかばうように殴り飛ばした形兆を2人まとめて頭突きで数メートル先に吹っ飛ばした。



吹っ飛ばされた兄弟は派手に壁にぶつかった。



「・・・ッう」
一方ナマエは右の肩を押さえ、膝から崩れ落ちた。



ソルダートが2人を吹っ飛ばした際に、謎のスタンドの鋭い爪が右肩を切り裂いたのであった。ナマエはドアのところに寄りかかってはあはあと呼吸をする。


「な・・アンタ誰だ・・?!」

東方仗助と広瀬康一は突然現れたナマエとそのスタンドに驚きを隠せない。ナマエのスタンドのソルダートは右肩を傷つけられながらも牙を出して襲ってきたスタンドを威嚇している。


襲ってきたスタンドは、突然目の前にあらわれた乱入者に驚きながらもソルダートに吹っ飛ばされた際に兄弟の手から離れた『弓と矢』をすばやく取った。


壁まで吹き飛ばされた億泰と形兆はうめき声をあげながらもなんとか意識を取り戻した。



「この『弓と矢』はおれがいただくぜ・・・虹村形兆ッ!あんたにこの『矢』でつらぬかれてスタンドの才能を引き出されたオレがなーっ」


「き・・きさま・・・きさま如きに・・『弓と矢』を渡すものかッ・・」


形兆は必死に身体を起き上がらせながら言った。


「虹村形兆・・・スタンドは成長力といったな?おれは成長したんだよ!今だってそこの女が邪魔しなかったら確実におまえを殺っていたぜぇ・・・次に会った時は覚悟しておくんだな・・・我がスタンド『レッド・ホット・チリ・ペッパー』がお前を必ず仕留めてみせるぜぇ〜〜〜ッ」


そう言ってコンセントにあっというまに潜り込んで消えてしまった。
こうして形兆の持っていた『弓と矢』は何者かに奪われてしまったのだった。




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