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あの日から私は仕事が早く終わった日や週末などに時々虹村家にお邪魔するようになった。


とはいえ何か特別なことをしているわけでもない。億泰くんの今欲しいバイクの話を聞いたりするだとか、ご飯を一緒に食べたりするだとか、借りてきた最新の映画を見たりするなど極々まったりとした交友を続けていた。


この奇妙な交友を続けていく上で、決まりごとがいくつか存在していた。一つめは兄弟のやっていることに対して詮索しないこと。二つ目は兄弟に関する情報を他言しないこと。三つめは二階から上へは決して上がらないこと。以上三つである。しかしどの決まりも破るような理由も意志もなかったのでナマエは特に気にはしていなかった。



お兄さんの形兆くんは相変わらず学生なのによくわからない生活をしているようで、夜は家を開けていたり居ても上の階の部屋に閉じこもって何かをやっているようだった。ちゃんと学校へは行っているのかちょっと心配になる。利発そうだから成績では問題ないだろうけど、単位的に問題がありそうだ。しかし普通に学校に行ってる姿が想像つかないのはなんでだろう。
ナマエは形兆の普段の生活を不思議に思いつつ自身のお節介心に苦笑した。




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その日広瀬康一は、母に頼まれ犬の散歩をしていた。



なにぶん彼の犬は老犬なもので、昼間の気温の高い時間は避けて朝か夕方の涼しい時間に散歩させているようにしていた。今日も学校帰りに母に頼まれこうして近所を散歩させていた。老犬ではあるが、散歩のときには嬉しそうに尻尾を振って出かけるのであった。



「あ、こらッポリスっ。どこ行くんだ!」


突然老犬ポリスはワン!と吠えると前方から歩いてきた女性の方に駆け寄っていった。
飼い主を差し置いてぐいぐいとリードを引っ張って進んでいく。
制止もむなしく女の人のすぐそばまで来ると荒く息をしながら尻尾を振っている。


「す、すみませんっ・・」


康一はその女性に謝った。女性はきょとんとした表情で康一と目を合わせた。


わ、きれいな人だな


康一はそう思った。女の人は自分より年上、大学生くらいだろうか?でも服装からしてみるに社会人かもしれないなとふと思った。


女性は康一と目を合わせた後、にっこりと微笑んだ。そしてしゃがんで老犬ポリスの頭を撫でて言った。


「かわいいですね!お名前はなんていうんです?」


「えっ?!えと、広瀬康一です・・・」


女の人は一瞬ポカンとした後、大きく笑った。


「ちがうの、ふふっ、このワンちゃんの名前・・・」


康一はハッと恥ずかしくなって消え入りたい気持ちになって言った。


「この犬はポリスって言います・・!うわー恥ずかしいッ!何バカな事言ってんだろ僕・・・」


女の人はそんな真っ赤になって両手で顔を覆っている康一を見てクスクス笑いながら言った。


「康一くんて言うのね。私はナマエ。ポリスくんとてもかわいくて良い子だね。」


ポリスはナマエに撫でられ、気持ちよさそうな顔をしている。
ナマエという名の女性はそれを穏やかな表情で見ている。康一はその光景に思わず見入ってしまった。


「康一くんは学生さん?」


ナマエの問いかけでハッと康一は意識を取り戻した。


「はいっ!そうです、そこのぶどうヶ丘高校に通ってます!」


「そうなんだ。私のとある知り合いもそこに通っているから案外知り合いかもね。」


微笑みを絶やさずナマエという女性は言った。


「へぇ、そうなんですか・・・。名前教えてくれたら知ってるかも・・」


「それはちょっと諸事情で言えないの。ごめんね。」


眉を下げて残念そうにナマエさんは言った。なんで知り合いの名前を言うだけなのに、それができないんだろう?康一は不思議に思った。


「でも・・」


そう言ってナマエは顔を上げて康一の目を見た。


「康一くんみたいな優しい子がいる学校なら知り合いもうまくやっていけそうで安心したよ。」


夕方の涼しい風が頬を撫でる。そろそろ薄暗くなってきて夕日も沈みそうだ。
康一は何故かここだけ時間が止まっているような錯覚を覚えた。このナマエさんという女性はどこか不思議なやわらかい空気を持っていると感じた。


その後、ナマエさんという女性はまたどこかで会えたら、と微笑みながらポリスをそっと最後に一撫でして去って行った。

康一はポリスを引っ張り散歩を再開させつつ、またナマエさんという謎の女性と偶然出会えたらいいなとふと思ったのであった。


そしてこの時にはまだ、予想だにしない形でナマエと再会するとはかけらにも思っていなかったのであった。




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