「ごめんッ!ちょっと待ってくれないかな!5分だけ!」




そう言ってナマエは返事を待たずバタムと扉を閉めた。





「・・・・なぁ兄貴ィ、何もこんな朝から押しかけるこたぁなかったんじゃないか?」

寝起きのナマエのいつもより緩んで気の抜けた姿に内心ドキッとしつつも平静を装ってつぶやいた。



「黙れ億泰。スタンド使いを見つけたらすぐ俺に報告しろと口を酸っぱくして言っていた筈だ。それにも関わらず俺に黙ってやがってッ・・この愚弟が。」



「黙ってたわけじゃあねッスよ・・・。ただ・・・」


ただ何だろう?
ナマエを後ろ暗いことに巻き込みたくなかったという想いはもちろんある。
兄貴は血眼になって親父を殺せるスタンド使いを探しているし、その為だったらどんな犠牲も払わないだろう。兄は自分と違って賢く、強くそして残酷だった。


こんな兄貴に会わしたくないというのが正直な気持ちだろうか。
それともそんな兄貴を止められない自分自身を知られたくないからだろうか。
億泰自身、よくわからない感情に頭を抱えた。


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まさかいきなり朝からご兄弟そろってアパートへ来るとは思っていなかったナマエは急いで服を着替えた。服を着替えながら、寝起き姿をバッチリ見られてしまったことに恥ずかしさを感じた。お化粧もしてないし。一応私も女のはしくれなので、完全なオフの姿を異性に見られるのは羞恥がある。見られてしまったものはもうしょうがないけれど。


髪をくしで梳いて、最低限の身だしなみを整える。来客を待たせるわけにもいかないので急いでドアへと向かう。


ガチャっ


「お待たせしました。・・・どうぞ、立ち話もなんですから中へどうぞ。億泰くんも」



人当りの良い笑顔を浮かべてナマエは二人にそう促した。





ナマエの住む部屋は1LKの一般的なアパートだった。とはいえ一人で暮らす分には十分な部屋の広さで、キッチンも使い勝手がよくコンロが3口なのでナマエは気に入っていた。


しかし大の男が2人ナマエの部屋に入るとその場が狭く感じられた。億泰はソワソワしながら部屋をキョロキョロ見ている様子だった。一方兄の方はどっしり腕を組んで鎮座している。ナマエは2人にお茶を出し、話を始めた。


「俺は虹村形兆という。横にいる億泰の兄だ。」


「初めまして、私はミョウジナマエです。億泰くんにはお世話になっています。」


ペコリと頭を下げる。
億泰くんのお兄さんの刑兆くんは高校生には見えないぐらいの貫録と雰囲気があって、大人の男性と遜色ないぐらいしっかりしているように見える。兄弟といわなければ分からない2人を見て、兄と弟で全くタイプが違うんだなと心の中で思った。


「ご、ごめんなぁナマエさん。いきなり押しかけて。」

「いいよいいよ、ちょっとビックリしたけど。何か大事な用事でもあるんでしょ?」

ニコッと笑いこっちを見るナマエ。
そんなナマエをみて億泰は胸が少し締め付けられた。


億泰の兄である虹村形兆はナマエの目を見て口を開いた。


「単刀直入に言う。スタンドを見せてくれないか。」


「スタンド・・?あぁ、そういえばお兄さんはスタンド使いを探してるんでしたっけ?」


形兆はギロリと億泰くんを睨む。さながら「お前俺のいないところで何話してやがんだ」という表情だ。億泰くんはビクッとして眉を下げ困った顔をしている。


「あっ別に探りを入れようとかそんなコトはないので安心して下さい。別に私他言するような相手もいませんし。スタンドを見せればいいんですね?いいですよ。」

昨日億泰くんに見せるって約束したしね、と億泰に軽く笑いかけて言った。


「見せるのはいいんですけど、ここじゃなくて場所を移動してもいいですか?ちょっと手間ですけど室内では出したくないもので・・」


ナマエは形兆の方に向き直って言った。


「ああ、いいだろう。町はずれにある林でいいか?」

形兆くんが了承したので、私たちは杜王町のはずれにある、普段誰も人がこないような林へと向かうことになった。


林へと向かう道中、ナマエは億泰くんの服の袖をちょいと掴み、小声で話しかけた。


「億泰くん。お兄さん結構厳しそうな人だけど、私のことでなんか怒られたりしなかった?」

大丈夫だった?と心配そうな目つきで見上げてくるナマエ。

億泰は迷惑をかけているのはこっちなのに自分の立場を気遣ってくれる大人で優しいナマエに胸がじーんとした。大人の女性はかくも他人を気遣えるものなのか。女性自体に免疫のない億泰には分からないことだった。



........................




ほどなくして薄暗い林に到着した。ここは店や住宅も何もない、いわば杜王町の僻地なので、普段は誰も近寄らない場所だった。


「ここでいいか。」

一番先頭を歩いていた形兆が立ち止りナマエを振り返った。


「いいですよ。じゃあ出しますね。」


うーん、スタンドを出すのは久しぶりだなぁ、機嫌損ねてないといいなぁ。


億泰は兄ほどではないにしてもナマエのスタンドは一体どんなものなのか気にはなっていた。温和でいつもおだやかなナマエさんのことだから、きっとスタンドも攻撃的なタイプではないだろうと思った。



ナマエは静かにつぶやいた。

「ソルダート」


突然獣がほえたける声が林じゅうに響いた。


億泰は蛇に睨まれたカエルのように硬直した。兄の形兆も弟ほどではないがその叫びに身を固くし警戒した。


目の前に2メートルは軽く超える大きな獣がいたのだ。
獣は深い緑のような眼をして、見た目はホッキョクグマとトラを掛け合わせたような姿だ。鋭い爪が生えていて大きな咆哮(ほうこう)をした後も、グルルと唸って億泰と形兆を四本足で威嚇している。




ナマエはそんな自身のスタンドに、「ソルダート久々に外に出れて嬉しいのはわかるけど、静かにして。あとこの人たちは私の友人だから威嚇しないの。」とたしなめている。猛獣を従える飼育員みたいな構図に見えなくもない。


「そ、それがナマエさんのスタンドっすかあ〜〜ッ?!!」


今度は億泰の驚きの叫びがこだました。


ナマエは困ったように笑った。手はスタンドであるソルダートの頭をよしよしと撫でている。

「そうなの、これが私のスタンド。ソルダートっていうの。物心ついたときから一緒にいるんだけど、最初はもっと子犬みたいに小さくてかわいかったのよ?だけど私が成長するにつれてソルダートもぐんぐん大きくなちゃって・・・今は見ての通りこんなに大きくなっちゃったから普通の屋内や人のいるところじゃ出せないの。」


眉を下げて困ったように言う。ナマエのスタンドは自我があるようで、久々のシャバが嬉しいのかピョンピョン跳ね始めた。
だが体重300キロ以上の生物が跳ねると地震でも起こったのかと思うぐらい木々が揺れて地面がへこむ。


「・・・だからオレの家やナマエさんの家じゃスタンド出せないって言ってたんスねェ〜〜〜〜〜、納得しましたよぉ〜〜〜〜〜〜」


「まぁ、私のスタンドは見ての通りこんなかんじですっ・・・。億泰くんのお兄さん、これで何かわかりました?」

ナマエはソルダートを近くからしげしげと観察している形兆にそう声を掛けた。


形兆は相変わらずの無表情でナマエに目線を向けた。


「ああ、もう大丈夫だ。」


そう一言だけ言った。


どうやら億泰くんのお兄さんの求めるスタンドではなかったようだ。まぁ私自身きっとそうだろうとは思っていたけど。それにしても一体どんなスタンドを探しているのだろう、不思議に思った。

「ソルダート、戻って」

そうソルダートに告げると、まるでいやいやとでも言うように後ずさりした。昔はそういうそぶりをしたら愛くるしくたいへん可愛かったものだが今の大きさでは殺気出して睨んでいるようにしか見えない。やれやれと思いながらナマエはソルダートをなだめる。



「ナマエさんのスタンド、マジもんの獣みたいッスねェ!!!」

「そうでしょう。ちゃんと自我もあるから機嫌そこねると大変なのこの子。」

なんとかスタンドを戻し、ふぅとため息をつく。



「それじゃあ俺は失礼する。おい、億泰、テメーも戻るぞ。」


虹村形兆はもう用は無いとばかりにこう言った。
こちらに背を向けて立ち去ろうとする。しかし立ち去る前にナマエに振り返って続けて言った。

「それと・・・ミョウジナマエ、だったか・・?億泰とどういう関係かは知らんがあまり俺達兄弟に関わらない方が良い。」


そう忠告めいたことを言われた。億泰くんは少し寂しそうな顔をした。
私はそんな哀しそうな顔をした億泰くんをちらりと見た後、形兆くんに向かって言った。



「私は、何のために2人がスタンド使いを探しているのかは知らないけど、そういったことは抜きにして一人の友達として億泰くんとつきあっていきたいと思ってる。」





「だからッ!!」



ナマエは突然大きな声を出してずかずかと形兆のもとへ近づいた。形兆は突然なんだという表情で少し眉を寄せた。
ナマエは形兆の前でピタッと止まると、見上げて目を合わせた。


「・・・その、たまに億泰くんとあなたの料理作りに行くぐらいは、許してほしい」


あなたたち兄弟、ろくな食生活送ってなさそうなんだもん、とナマエは目線を下げて少し口を尖らせてそう言った。


3人の中で無言の瞬間が流れる。



しばらくして形兆はバッと後ろを向いて林の出口に向かって歩き出そうとした。


「あっ兄貴ィッ!!」

億泰がなさけない声で叫ぶ。



あぁ、駄目だったかとナマエはしょんぼりして下を向く。




「・・・勝手にしろ」


そう声が呟かれた。ナマエは顔を上げ、形兆の背中を見つめる。



「その代わり、俺達兄弟のすることに首は突っ込むな。」



それだけ言うとずかずかと歩き出していってしまった。


残された億泰くんと私は顔を見合わせた。

そしてどちらともなく笑い始めた。


「スゲぇッスよナマエさんッ!あの兄貴にOKを貰うなんてヨォ〜〜〜〜!」


「こ、怖かった・・・。でも良かった!せっかく昨日友達になれたのにもう会えないなんて悲しいもの!」


ナマエは億泰くんの手を取ってぶんぶんと振って喜ぶ。
そんなことを言ってくれるナマエに再び胸がじーんとする億泰。



「これでナマエさんの美味しい料理にまたありつけますよっ!」
そういって億泰はニシシと笑った。


「ふふっ、あんなに喜んで食べてくれるならいくらでも作るよ。」


ナマエはそう言った。


「そぉいえばヨォ〜〜、ナマエさん昨日兄貴の分の夕食も作ってくれてたじゃないですか」


「うん?そうだね。」


昨日はお兄さんの分も作ってお皿に盛って置いておいたのだった。


「朝見たらよォ〜〜、綺麗になくなってお皿も片づけてあったんスよ。だから兄貴もきっとナマエさんの料理を食べて気に入ってくれたんじゃあないかと・・・」


「オイッッ億泰!いい加減に戻ってこいッッ!早く来ねーとぶん殴るぞッ!!」


遠くで形兆が億泰を呼んでいる声が聞こえる。


億泰くんは「やべっ!じゃあナマエさん、また今度なッ!!」と言うとさっさとお兄さんの元へ走って行ってしまった。


ナマエはポカーンとしながらも、一人残された林の中でクスリと笑った。





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