化学繊維少年



 無造作にかぶせられたセーターを着て思った。阿部くんはきっと知らない、じゃあ言えるかもしれない、って。

「阿部く、」
「ん? だから寒くねェって」
「んと、違くて、」

 いつもの帰り道、自転車を引っ張って歩く。
 練習が終わって、部室で着替えてるときにくしゃみをして、そしたら阿部君がセーターをかぶせてきた。田島君がシャツ一枚でまだ平気じゃん、って言ってたから気にしないでいたら、田島は家近いんだから一緒にすんな、って言われて、問答無用に着させられた。阿部君のセーターは真っ黒で、オレにはすこし大きくて、でもぽかぽかして、嬉しかった。
 阿部君はオレのことをすごく大事にしてくれている。みんなは過保護だって言うけど、それはオレが準備とか片付けとかが遅いせいで、でも阿部君は、いつも見てくれているから。甘えちゃいけないのは分かってるけど、いつでも阿部君は先回りして何でもないって顔をする。オレはそんな阿部君をすきで、ほんとにすきで仕方ない。

「こ、」
「こ?」
「こうかん、したい、」
「交換? ……ああ、これ?」
「うえっ、」

 セーターを指差されてびっくりした。お昼休みクラスの女の子たちが言ってた、セーターを交換する話。知ってたんだ、って思ったら急に顔が熱くなった。どうしよう、じゃあ交換する意味も、全部知ってるの。頭の中がぐるぐる回って、恥ずかしさがぶわって吹き出てきた。あ、えと、どうしよう、

「……オレの、ユニクロだけど」
「へ、?」
「だから、安モンだけどいいのって聞いてンの」
「こ、交換、していいの、か」
「お前がしたいんならオレはいいけど」
「い、いい、よっ!」

 うれしい、ありがとう、言いたいことはいっぱいあるのに、たぶんオレは顔を真っ赤にすることくらいしか出来てなかったと思う。ちゃんと笑えてたのかな、それも、よく覚えて、ない。
 急いで家に帰って、阿部君の家まで届けに走った。差し出したキャラメル色のセーターは、今年の春にクリーニングに出して袋詰めされたままで、着るのがもったいねェなって阿部君は言う。

「オレの、小さかったら、ごめんね、」
「いいよ別に、着られりゃいいし」
「あの、阿部く、」
「ん?」
「意味、知ってるの」
「意味? 交換の?」
「…………う、ん」
「……三橋はオレがすきですーってことだろ?」
「な、っ!」

 阿部君がニッて笑う。三振とったときみたいな、意地悪な顔。当たってる、当たってるから、よけい恥ずかしい。
 仲のいいひと同士で交換する、って聞いたときに、いちばん最初に思い浮かんだのが阿部君だった。髪の色とおんなじ、真っ黒なセーター。袖口をきゅっと握って、確かめる。このセーターがあったかいわけは、きっと毛糸だけじゃないと思うのは、おかしいのかな。

「あ、阿部君だって、」
「オレだって?」
「えと、……交換、したから、」
「したから?」
「……オレ、を、すき、?」
「………も、お前、ずりィだろそれ」
「え、えっ」
「すきだよ、」

 あったかいわけは、阿部君が一緒にいるから。





 翌日、7組に行ったら、おそろいのセーターを着た阿部君と水谷君がいた。ちょっとだけ、変なきもちになったのは内緒。

 お、そろい、なんだね、……水谷となんて嬉しかねェ、う、ひ、……これさ、お前の髪とおんなじ色してンのな、え、えっ、……どした? ……おんなじこと、考えてたよ、オレ、

 髪の毛と、おんなじ、真っ黒なセーター。そう言ったら、阿部君は真似すんなよって頭をかいた。オレは何だか阿部君に勝ったような気がして、何で勝ったかも分からないんだけど、また袖口をきゅって握った。このまま一緒にいたら、もっとおんなじこと、考えていけるのかな。こうやって、阿部君を見ていられるかな。
 だって、阿部君は気づいてない。耳が、すこし赤いこと。





20091129/セーター交換と見守るふみき
20200628/修正



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