キャラメル少年



 阿部のどこがすきなの、そう聞くとちょっと考えて、「オレのことをいっぱい考えてくれるとこ」という答えがかえってきた。顔とか声とか野球センスとか、やさしいとかかっこいいとか、そういう答えじゃないのが三橋らしいな、と思ったのを覚えている。





 最近、女子の間でカーディガンやセーターを交換するのが流行している、らしい。
 相手は友達だったり彼氏だったり、とにかく誰かと仲がいいんだよー、って見せるにはうってつけの方法なんだ。女子ってほんとうにそういうのにこだわるよね、何が不安なんだろう? 一緒にトイレや移動教室に行くのも、嫌われたくないから、とかなんだろうなあ。大変だね、そう言うと意外、って声。

「水谷君だってこーゆーの好きそう」
「そう見えるー?」
「交換しないの?」
「え、だってオレ、カノジョとかいないし、」
「いいんだよ友達だって!」
「えーじゃあ阿部ー、」
「何、」
「セーター交換しよ」

 自分のセーターと阿部のそれを指差して言う。トモダチじゃん、そう言うと阿部はあからさまにこいつめんどくせェ、って顔して「誰が?」だって。チームメイトにそれはない。

「交換とかまじ意味わかんねェ」
「えー? オレ黒似合う自信あるよー」
「お前はその頭と揃いのキャラメル着てろ、お似合いだ」
「阿部だって上から下まで全身真っ黒じゃん!」
「いーんだよ黒好きだから、じゃ」

 昼休み終わるまで寝る、阿部はそのまま机に突っ伏した。取り残されたオレと女子たちは、いつもどおりに野球部って面白いね、阿部はひどいやつだよ、そうかな、だってこの前もさあ! そんな会話をして結局阿部を起こして怒られてとばっちりを受けた花井にも怒られた。
 阿部は愛想がない。目上の人とかには一応敬語使ってるけど、タレ目のくせになんか怖い。あれ、タレ目だから怖いのかな、オレは怒鳴られたりクソレフトがあだ名になったりしてるから、余計にそう思うのかな。いや、でもだから嫌いってわけじゃないんだけど。それは絶対。たった10人のチームメイトだもん。
 その阿部が三橋と付き合ってるって言ったのは何度目かの三橋家勉強会でのことだった。

「あー、オレら付き合ってっから、」

 あんまりさらって言うもんだからみんな呆気にとられて、驚くとか何それとかあーやっぱりとか言う前に三橋が真っ赤になって泣きそうになったせいで、別に何が悪いわけじゃないよって慌てて慰めてた。阿部はコイツらなら大丈夫だと思ったから言ったんだ、オレここにいんだろ、そんなようなことを言って、三橋の頭を撫でてた。男同士とかでそういうのはどうなんだろう、って疑問は、たぶん三橋が笑ってるからいいんだろうな、と思った。
 恋愛感情とかじゃなくて、きっとオレたちは10人が10人を大事に思っていて、誰が泣いてもダメになってしまうから。家族愛に似たようなものなのかな、少なくともオレにとってはすごーく大事な人たち。
 ていうか、あの状況でよく言えたなぁ、阿部。よっぽど三橋がすきなんだなぁ。だって三橋が傷つくのを避けて先手をうったんでしょ。オレらが薄々勘づいた頃を見計らってだったもん。実際田島とか今にも聞いちゃいそうだったもんね。
 でもいまだに二人がちゅーしてる姿とかそれ以上とかは想像できない。したくない、のかな。だって友達だし。





 そんな阿部のすきなとこを三橋に言われてから、ちょっと二人の様子を見ていくことにした。
 阿部は三橋の体調管理とか指先のマメをチェックしたり、おにぎりにがっついて喉つまらせるなとかお茶がぶ飲みすると腹壊すとか、とにかく周りから見たら過保護だって思うようなことを平気でする。実際、16の男子相手にしては過保護だ。

「三橋、タオル」
「う、」
「髪もふけ、風邪ひくだろ」
「あ、りがと、」
「おま、それで拭いたつもりかよ」
「え、あ、」
「……あーも、貸せっ」
「んぶっ」

 練習後、各々顔洗った後。もちろん阿部は三橋のタオルを用意していて、洗い終わる頃に渡して、そんで拭き方が雑だから結局拭いてあげてる。三橋は犬みたいに首振って終わりにしちゃうから。三橋の髪は色素が薄くてふわふわしてて、ほんとに犬みたいなんだけど。何かもう……お母さんみたい、阿部。もーこの子はーっていう感じの。
 街灯に照らされた三橋の顔はちょっとだけ赤くて、「阿部君ありがと、」って笑ってる。「しょーがねェなあ」って言いながら、阿部の手はすごくやさしい。たぶん、指先をチェックするのと同じくらい、気を遣ってるのが分かる。

「三橋ー!モモカンが呼んでるー!」
「う、ひゃっ、」
「顔洗ったら来いってー!」
「お、わ、かった! いま、終わったよ!」

 首にタオルをかけて、三橋が駆け出す。ちらっと振り返った瞬間、間髪入れずに阿部は待ってっから、って短く伝える。三橋は笑ってモモカンのとこへ走っていった。あうんの呼吸じゃないけど、単純にすごいなあ、って思ってしまう。
 振り返ったオレは、阿部を見て思わず声をあげる。

「……う、わ」
「何だよ、」
「阿部もそーゆー顔すんだね、」
「どんな顔」
「んー……三橋がすきですって顔、」
「…………」

 だってほんとうにそう見えたんだ。小さくなる三橋の影を、ゆっくり見つめながら、あんなに急いだらこけるだろうが、そう言ったくせにどうしようもなくやさしい目をしていた。たぶん三橋しか見えてない、あったかい目。不覚にも、きれいだと思ってしまった。何かを一心に思う目って、ほんとうにきらきらしてて、きれいなんだ。試合中とは違う、試合中じゃ絶対に見られない顔だった。
 ああ本当に阿部は三橋をすきで、三橋の言う阿部のすきなとこはこういうとこなんだな、って思った。
 それだけで何だか満足してしまって阿部ー、と呼んだら、当の本人は耳まで真っ赤にしていた。
 え、あれ、何これ、照れてんの阿部。うそ、あの阿部が、

「ね、もしかして、図星とか、」
「うっせーよクソレ!」
「耳まで真っ赤じゃん! オレ見るの初めて!」
「水、谷っ!」

 てめーまじふざけんな、ここからはいつものやりとりで、オレは笑いながらみんなのもとへ走る。オレたちはまだまだコドモだから、すきだよって気持ちを隠すのはへたくそなんだ、あの阿部でも! そう考えたら何かおかしくて、三橋に阿部の顔見せてやりたいなって思った。だってきっと三橋の前で阿部はかっこつけてる、男ってのはそーゆー生き物だもんね、

「ねー今ねー阿部がさー」
「阿部がどしたー?」
「あ、阿部ー今日おにぎりの具シャケだぜー!」
「阿部がー三橋見てー」
「おま、水谷っ!」
「みーはしー!! 阿部がなんかだってー!」
「たーじーまっ!」
「また水谷がからかってるんでしょ、」
「……三橋も大変だなあ」
「たぶん阿部のが大変だよ」
「あー、にぎやかで何より」
「どーでもいいけど早く日誌書け水谷ー!」
「やばっ今日おれだったっけ!?」

 モモカンとこから戻ってきた三橋を連れて、部室で着替えて帰り支度。着替え中に盛大なくしゃみをした三橋に、阿部は自分のセーターを投げた。どうやらシャツ一枚で来ちゃったらしい。田島君だってまだセーター着てない、とは言うけど、たぶん田島を基準にしちゃいけない気がするんだ。通学徒歩1分だし。
 まごつく三橋にセーターを着せて、阿部は平気な顔をして部室を出る。

「阿部く、寒くないの」
「平気、」
「そ、か」
「だからちゃんと着て帰れ」
「う、ん、ありがと、」

 阿部はこうやって三橋を見ていて、三橋は阿部にいっぱいありがとうって言って、お互いがお互いをいっぱい考えて、この二人はできてるんだと思う。ここまでくるのにどんなことがあったのかは知らないけど、いつか聞いてみようかな。そのとき三橋はまた泣くのかな、そんで阿部が慰めるのかな。それを見てオレたちはどう思うのかな。きっと今と同じ気持ちだったらいい、そんな風に考えちゃうのは楽観的すぎるかもしれないけど。





 翌日、阿部が着てきたセーターを見て笑っちゃった。だってオレと同じキャラメル色だったんだもん。

「ちょ、お揃いとかなに」
「うっせ、おまえが色変えろ」
「やだよー、ってか、え? もう一枚持ってたの?」
「これ三橋の」
「え、何で? 昨日貸したから?」
「……交換、だってさ」
「………阿部って、」

 昨日意味わかんねェとか言っといてどんだけ三橋第一なんだよ! のどまで出かかった言葉を思いっきり飲み込む。阿部がふっと視線を前に向けて、教室の入り口に向かったから。
 入り口に立つ三橋の髪に、少し大きめの黒が映えていた。
 阿部はずるいな、ふと口をついた言葉に、自分でもびっくりした。









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