あべ先生と生徒みはし 七話



 お土産。
 そう言って渡されたのは、色とりどりの飴が入った小袋。「鎌倉限定」と書かれた小さな和紙がはってある、たぶんそれをはりかえればどこの限定にもなりそうな、まんまるい飴玉。先生がかいてくれる、まんまるい円みたいな、飴玉。

「ふ、」
「……なんだよ、」
「何でも、ないです、あ、ありがとう、ございます」
「悪かったな、どうせオレはセンスねえよ」
「だって先生、」

 普通、あんまり買わない、そう言ったオレに阿部先生は質より量だろお前は、と返す。確かにその飴玉はひとつひとつが大きくて、それがめいっぱい袋に入ってる。
 ほんとにこーゆーのをお土産にするひとがいるんだなあ、と思う。でも、先生が一瞬でもオレのことを考えてくれていたなら、それでいい。それだけで、いい。そんな風にも、思う。





 昨日、先生達で日帰り旅行に行ってきたらしい。テスト前、女子による質問教室が終わったことを、オレの携帯が告げた。阿部先生の携帯電話の番号を教えてもらったのは、初めて出かけた日。連絡はショートメールで用件のみ。「明日出張」とか、スケジュール帳のコピーみたいだ。でも、それがすごく先生らしくて、すきだ。そんなところも、と、自分で変に思うけれど。

「鎌倉、」
「そう、駅で待ち合わせて大仏見て、昼飯食って歩いて」
「おお、」
「天気よかったからな、気持ちよかったぞ」

 本当は生徒には秘密なんだ、と、先生が言う。生徒が勉強中に先生が遊んでるなんて、というブーイングがあるらしい。教師だってリフレッシュが必要だろーが、なあ、と言われて、思わずうなずく。だって、先生はいつも先生だ。授業も、その後も、毎日先生をやっているのは、大変だと思う。たぶん大変にさせてるのは、オレみたいな成績のやつだろう。





 携帯の写真をいくつか見せてもらうと、大きな大仏や、お寺や、緑がたくさんの、道。人が写っていないものばかりで、枚数も少ない。オレだったら、いっぱい撮って、いっぱい撮ってもらって、後で見返したりするのに。そーゆーの、が、「思い出」って感じがするから。

「何で、だ、誰も撮ってないんですか、」
「ん? あー、人に興味ねェから」
「きょ、興味、」

 おうむ返しの言葉に、先生がこっちを向く。誰にも興味ない、そんな風に言われた気がして、ちょっとだけ寂しかったからだ。

「お前と行けば撮ったかもなあ」
「え、」
「三橋には興味あるもん、オレ」
「ど、どの、くらい、」

 予想外の返答によくわからない返事をしてしまった。先生はまゆげをちょっと寄せて、どのくらいってなァ、と考え込む。とりあえずその間に、もらった飴玉をひとつ、口に入れてみた。ころん、舌で転がしたそれは、片方のほっぺたがふくれるくらい大きい。「あまい、」思わず口にした、当たり前の感想。それを見た先生が、そうだなあ、と立ち上がる。

「三橋、ちょっとこっち来い」
「う、ん?」

 何も考えず近づいたオレの肩に手を乗っけて先生はキスをしてきて、それだけじゃなくて、なんか、キスじゃなくて、なんだか、ヘンで、舌、と、飴が、うわって、なんか、頭、つかまって、逃げ、られ、飴、あめ。





 気が付いたら口の中に飴玉はなくって、代わりに先生のほっぺたがふくれてて、それでやっと何が起こったか分かった。
 先生に、飴、取られた。
 しかも、たぶん、すごい方法で。
 顔と耳と腕と背中と心臓と、全身がぶわって熱くなる。

「な、せん、なん、」
「こーゆーことするくらいには」

 興味あるよ、と笑う。あっま、と言いながら、いたずらが成功したみたいに、飴玉を両方のほっぺたに動かす。オレの、なのに、飴玉。

「お、お土産って、ゆった、」
「買ってきてやったんだからごほうびもらったっていいだろ」

 つーかお前はもっとこの状況に焦れ、と先生はオレのほっぺたを両手で包む。
 とっさに両手で口を塞ごうとしたけれど、「遅い」という声といっしょに、先生の甘いくちびる。





 オレの心臓、いくつあったらもつだろう。





201506XX/拍手掲載
20200815/修正



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