あべ先生と生徒みはし 五話



 でーと。
 先生と、デート。
 先生と、一緒に、いる。学校の、そとで。

「……おーい」
「ひゃ、」

 ぽん、と頭を叩かれて我に返った。目線を上げると、先生がいた。スーツじゃない先生を見るのは、初めて。制服じゃないオレを見るのは、先生も初めて。時々ふわって吹いてくる風が、赤いだろうほっぺたに気持ちいい。

「せ、せんせ」
「何ぼーっとしてンの」
「あ、え、あの、ごめ、なさ」

 デートだぞ、デート。
 先生が笑う。つられて、オレも笑う。
 オレは先生と歩きたいって言った。デートじゃなくても、一緒にいられるだけで、よかったから。そしたら、すこし遠い街で、散歩することになった。ちょっとだけ早起きをして、ちょっとだけ離れた駅で待ち合わせをして、ほんとはちょっとだけ、不安だった。ほんとに、いるのかな、って。だから、先生に会えたときはほっとした。嘘じゃなかったんだ、って、嬉しくなった。

「ん、手」
「手?」
「ほら」

 先生の大きな左手と、オレの右手がくっついた。「うわ、わ」慌てたオレは思わずその手を振り回してしまい、先生がまた笑う。

「そうかそんなに嬉しいか」
「ちが、わ、違わ、ないけど、っ」

 散歩っていっても、土手とかを歩いてるんじゃなくて、ちゃんとしたお店のある通りで、だから、オレたち以外のひとだっている。人通りは少ないけど、見られたら、ばれちゃったら、だめなのに、どうして。

「オレは嬉しいよ」
「せんせ、?」
「三橋とこうやっていられんの、嬉しい」
「……オ、レ、」

 嬉しいのはほんと。ちょっと怖いのも、ほんと。ふたつのきもちが、オレの中でぐるぐる回り続ける。
 でも、つないだ手がすごくあったかくて、いいんだって言われてる気がして、すこし嬉しいのが勝って、きゅっと握り返した。

「……ほ、んとは、こわい、」
「………そうか」
「で、も、うれしい、から、えと、あの、う」

 どうしよう。自分でも何を言ってるのかわからない。
 せっかくのデート、なのに。先生に、変な風に、思われたくない、のに。

「三橋、」
「あ、はいっ」
「お前はほんっとそういうこと考え込むヤツだなァ」

 ある意味スゲーよ、と先生は言う。せんせ、は、違うん、ですか、って、つっかえながら聞くと、違わないけど、おめーほどじゃねェよ、って返事。握り返された指が、あつい。

「オレはもっと単純なんだよ」
「単純、?」
「ただ三橋と一緒にいたいってだけ」

 そう言って笑う先生の顔は、ちっちゃい子みたいだった。そういえば今日、先生は会ってからずっと笑ってる気がする。オレと一緒にいるから、先生が笑ってくれる。そう思って、いいのかな。

「せんせ、」
「ん?」
「オレ、オレね、あの、」
「あー、ゆっくりでいいから」

 先生は、もっと、難しいこと、考えてる、んだって、思ってた。数学の問題みたいに、難しい、こと。そりゃ考えるけど、三橋といるとどうでもよくなんの。つまり、どうでもよくできるオレはスゲーの。先生らしい結論に、ふは、と息を吐いた。

「難しいことはさ、たぶんお前が思ってるよりいーっぱいあるぞ」
「うえ、まだ、あるの、」
「あるある、死ぬほどある、だからさ、」

 先生は、立ち止まっておれの方を向いた。真っ黒な髪の毛が、風で揺れている。さわりたいな、と、思う。ああ、オレはやっぱり欲張りだ。

「……そのぶん、だいじにすっから」

 目の奥がじりじりして、まつげが重くなった。泣く合図、だ。
 つないでない方の先生の手が、オレのほっぺたに、それから目尻に触れた。溜まった涙が落ちる。先生の指が、それをぬぐう。スローモーションみたい、だった。

 ……すきです、

 掠れた声で二度目の告白をしたら、路地裏に引っ張られてちっちゃくキスされた。





 そのときオレはまだ子どもで、先生はずっとずっと大人だと思っていた。おんなじなんだって思ったら、心臓がきゅうってなって、先生がすきだって叫んでるみたいにどくどく鳴った。





20110515/拍手掲載
20200815/修正



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