よにんのせかい



 二月なのに、あんまり寒くないよ。
 そう言って電気消して布団に潜り込んだら、手ェ冷たくなってんだろって怒られた。
 去年は三星にいて、雪が降ってて、コート着ててもマフラーしてても、もっともっと寒かった。耳がキンってして、つめたくて、冬はそういうものだと思ってた。今年は違う。一緒にいてくれるひとがいるから、ひとりぼっちじゃない。あの頃だってひとりぼっちじゃなかったけど、ひとりぼっちだって思ってた。……また、ちゃんと、試合、したいなあって、ぼんやり考える。
 今日は練習で、明日も練習。毎日野球できるの、ほんとに嬉しい。キツイし、疲れるし、眠いけど、それより嬉しいとか、楽しいが勝っちゃうんだ。あっという間に冬が来た。あったかくなったら、もしかしたら後輩が出来るかもしれなくて、そしたら人数も増えてもっと楽しくなるけど、皆と一緒に野球できる時間はどんどん減ってく。一番長く野球したいから、きっとオレは、一番頑張らなきゃいけないんだ。
 自分の手を絡めて、ちょっとずつあったかくなってくオレの手を満足そうに眺めて、暗闇の中でタカヤ君が言う。

「そういやもうすぐだもんな」
「もうす、ぐ?」
「入試、受験」
「あ、そっか、月末だっけ」
「今年は一日目と二日目の間に土日あんだよ、ヒデー話」
「何か、全然休めなさそう、」
「なあ?」

 何人くらい、入ってくるかな。スカウトもいっぱい行ってたし、見学に来た子も何人かいた。カントクと花井君、時々勇人君と、タカヤ君も話をしてるのを見た。合格したら、春休みから来ますって宣言した子もいたって笑ってた。有望株、なんだって。

「じゃあ、シュンちゃんも、頑張ってるんだ」
「でもオレと同じような時間に寝てるっぽいんだよな」

 まああいつは要領いーから大丈夫だろ。
 ふっと、タカヤ君がお兄ちゃんの顔になる。あんまり見られないその顔が、オレはすきだ。そう言うとどんなカオだよって聞かれるけど、うまく言えない。何だか、やさしい顔、って言えばいいのかな。
 ぎゅって握られてた手がほかほかしてきて、もう大丈夫だよって目をすると、今度はぎゅって抱きしめられた。痛くない、って前に聞いたら「はあ?」って返ってきた。だって、オレはきっと女の子みたいにやわらかく、ない、から。いっぱい食べるけど試合の度に体重は落ちちゃうから、骨が当たったりしたら、痛いんじゃないかなって思ったんだ。

「……ほんっとお前は肉つかねェよな」
「た、食べてるんだけど」
「知ってる、どこ行ってンのあの量」

 不意にタカヤ君がオレのお腹をさわるから、「ひえ、」ってヘンな声が出る。ぴた、ってタカヤ君の手が止まった。一秒前まで、別にそういう雰囲気じゃなかった。それはゼッタイ。だけど、たぶん、今、タカヤ君のスイッチみたいなの、入った、気がする。
 名前を呼ぶより早く、タカヤ君の顔が近くなる。ちゅ、って、小さな音。鼻で息するのがまだうまくできなくて、顔を振って酸素を探す。はあ、って息継ぎした瞬間に舌が入ってきて、びっくりするけどすぐにきもちくなっちゃって、ああ、ダメだなあ、欲しくなって、タカヤ君の首に腕を回す。

「んぅ、」
「………ン、」
「ふ、ぁ、」

 薄目を開けて、タカヤ君の顔を盗み見る。オレばっかりって思ってたけど、タカヤ君も、苦しいようなキモチイイような顔をしてるって、最近知った。ほっぺを手で包んだら、あつい。きっと、赤いんだろうなって思う。歯の裏側をなぞられてヘンな声が出て、心臓がきゅってなる。ぞわぞわ、背中があつい。背中も、お腹の下ら辺も、心臓も、ほっぺも、全部。
 そういうこと、は、したこと、ない。まだ、って言っていいのかも分からない。だって、しないかもしれない。男同士はしなくてもいいんだって聞いたことある。負担があるっていうのも、知ってる。でも、キョーミがないって言ったらウソになるし、オレは、タカヤ君なら、いいって思うし、ほんとのほんとは、したい、って、思う。
 直接、ふたりで話したわけじゃないけど、ちょっとずつちょっとずつ、進んでる気はしてた。
 付き合ったばっかりの頃は瞑想の手つなぎもヘンに意識しちゃって、ぎゅってされたら固まっちゃって、その度にタカヤ君をびっくりさせたり心配させたりしてた。
 オレの家に泊まるのだって、最初はお客さんの布団に寝てもらって、それでも一緒の部屋ってだけで眠れなかった。大阪の時、どうやって寝てたんだろ、って思うぐらい。次はタカヤ君の家でベッドに並んでみたけど、ほんとに並んだだけで死ぬかと思った。その次は「もーいいだろ」ってぎゅって抱きしめられて、心臓が口から出るとこだった。どうやって寝たのかも覚えてない。そのうち、一緒に寝るのはドキドキするけどちょっと嬉しくなって、あったかいのがきもちくなった。ちゅってくっつけるだけだったキスも、長いのがあったり、その、舌とかがあったり、今みたいに、息できないぐらいのがあったりして、何か、勝手に、次はどうなっちゃうんだろうって考えたり、してる。

「あ、の、」
「ん?」
「……オ、オレ、やっぱり」
「やっぱり、何?」

 耳元に、タカヤ君のひくい声。息を吸って、吐いて、ちょっとずつ、頭をレイセイにしてく。
 どうなっちゃうんだろうって、考えれば考えるほど、分からなくなる。タカヤ君がすきだってことは変わらないけど、もし、もっと先に進むとしたら、それは、いいことなのかなって、正しいのかな、って、どこかで思っちゃったんだ。
 だって、きっともうなかったことには、できなくなる、から。

「い、った方が、いいのかなって、思う」
「何を?」
「その、……部内、レンアイ、してますって」
「…………ちょっと待て、起きっから」

 タカヤ君がからだを起こして、電気をつけに行った。たぶん、寝ながらする話じゃない、からだ。ぱって明るくなった部屋がまぶしい。まっくろな髪の毛、まっくろな目、おっきい手、すきだなって思う。ベッドにふたり向かい合って座り直して、タカヤ君が言いたいこと言ってみ、って顔をする。
 恋愛禁止って話が出たのは期末テストが終わった時で、何でそうなったのかはよく分からなかったけど、ゆう君とかコースケ君がその方がいいって言ってたし、タカヤ君もいいんじゃね、って言って、全員でそうしたんだ。
 ……その時、オレとタカヤ君はもうそういう関係で、でも他の人は誰かと付き合ってるとかがなくて、あんま変わらないって言ってた。ふたりのことはゆう君にも誰にも言ってなかったから、たぶん、気づかれてない、はず。でも、だからって部のルールを破っていいってことには、ならないんじゃないか。タカヤ君が触れてくれるたび、嬉しいのに、どこかでそんなことばっかり考えている自分がいた。

 オレと、タカヤ君だけ、なんて、すごく身勝手で、ズルいんじゃないかなって。
 もしかしたら、タカヤ君をすきだ、っていうひとが、いるんじゃないかなって。
 そのひとがガマンしてるかもしれないのに、オレはこうしてていいのかなって。

 つっかえつっかえそんなようなことを伝えると、正論だなってタカヤ君は言った。

「……じゃあ、別れる?」
「! や、だ、」
「だってその理屈ならそういうことになんだろ」

 ざあ、ってからだじゅうの体温が下がった気がした。指先がひゅって冷たくなったのに、目の周りはじわじわあつくなる。違うんだ、そういうことなんだけど、そういうことが言いたいんじゃなくて、違う、違う、どうしたら伝わるんだろう。

 それでもタカヤ君がすきだっていうのが、ほんと。
 どうしていいか分かんなくなってるのも、ほんと。

 オレの呼吸が荒くなったのにびっくりして、タカヤ君が思いっきり抱きしめてきた。あったかくて、ちょっとずつ体温が戻ってくる。オレより大きな背中にしがみついたら、指にも力が戻ってきた。ぽんぽん、って、背中をたたかれて、あやされてる、みたい。オレのが年上なのに、って、何でもないように、言えたらいいのに。

「落ち着け、別れる気なんてねェから」
「ウ、ソでも、言うな」
「……言わねェ、言わねェよ、ごめん」

 タカヤ君の声も、オレの背中に回った腕も、震えてた。ふたりしてこんなに怖がりのくせに、こういうことばっかり考えるんだ。そいで、ウソツキ、って、笑うこともできないんだ。タカヤ君のほっぺにオレのほっぺをくっつけて、鼻もくっつけて、ちゅって音だけのキスをした。すきだってうまく言えない、代わり。目が合ったタカヤ君はちょっと泣きそうな顔をしてた。……すきなのに、どうして傷つけるようなこと、しちゃうんだろう。オレも、タカヤ君も、ほんとに不器用だ。
 ふう、って大きく息を吐いて、飲み物とってくるね、そう言って離れようとしたら、タカヤ君はオレも行くってついてきた。手をつないで台所に行って、ペットボトル持って戻って、またベッドの上で向かい合う。喉を通るお茶が冷たくて、すごく美味しく感じた。もう真夜中のはずなのに、全然眠くない。

「大体、そうなる前から付き合ってたんだからオレらには無効じゃねェの」

 ようやくいつもみたいな顔に戻ったタカヤ君がそんなことを言った。付き合ってるやつがいねーっていう前提がそもそもマチガイだって。あん時聞かれなかったじゃん、って。いつもの、っていうよりは、すこしだけ、拗ねてる、みたいな顔。

「そう、なのか」
「そんで、ありゃ篠岡とモモカン禁止っつー話だろ? 選手同士ってトコまで詰めてねェじゃん」

 まあそれがきっと普通っつーか、そこまで想像しねンだろうけど、屁理屈だよなァ。タカヤ君は頭をがしがしってかいた。
 オレだって男のひとと、しかもチームメイトと付き合うことになるなんて思ってもみなかった。でも、野球してるタカヤ君も、そうじゃないタカヤ君も、全部すきになっちゃったんだから、切り離せないんだ。
 子どもじゃないんだからって言われるなら、まだ子どもでいたいって、そう思っちゃうよ。

「何つーか、お前のが正解とかマチガイとか言えるモンでもねェと思うんだけどな」
「……?」
「いや、どっちも正解で、どっちもマチガイ、ってのが正しいか」
「わ、かんない、説明して」
「あー、えっとな、恋愛禁止の前提がオカシイってんならオレらは正しいし、そのルールを守んならオレらは間違ってるってこと」
「な、るほど、?」
「……ほんとに分かってンのか?」
「た、ぶん」

 タカヤ君の話はいつも分かりやすいけど、時々全然分からない。でも、知りたいって思うから、もっといっぱい話したい、って思う。今のも、分かったようで、やっぱりムズカシイ。
 伝える、って、ほんとにムズカシイ。きっと、オレはまだ、タカヤ君の欲しい言葉をあげられてないと思う。一生懸命考えるけど、オレはタカヤ君じゃないから、そんなにカンタンに、分かるわけ、ないんだ。

「……オレと、タカヤ君と、ふたりずついればいいのにね、」
「はあ? 何だそりゃ」
「えっとね、部活で野球するオレとタカヤ君と、そうじゃないオレとタカヤ君の、ふたりがいたらって」
「待て、結局オレらだけで四人になんの」
「そう、そいでね、野球するオレとタカヤ君はチームメイトで、そうじゃないオレとタカヤ君は、その、付き合ってて」
「いや全然ワカンネーから話進めんな」
「うえ、あ、ご、ごめん、」
「や、いいんだけど、だからすぐ謝るクセ直せって」

 レンってやっぱ全然分かんなくてオモシレーなあ、タカヤ君が笑う。そうじゃねェオレとお前って何、つられて、オレも笑う。そっか、タカヤ君も、分かんないことあるんだ、って、オレの言ってることが伝わらないのはさっきと同じなのに、今度は何だか嬉しくて、ふはって声を出して笑う。
 結局答えは出なくて、でも誰かに言うっていうのもまだちょっとやめとこうって話になって、ないしょのまま、今は一緒にいることにした。もしダメって言われたら、その時考えようって。だって、明日も練習だ。ちゃんと寝ないと、皆にメーワクかける、もんね。
 今度こそ電気を消して、布団の中で抱き合った。ほんとは眠かったのか、タカヤ君はこてんって寝ちゃって、すぐに寝息が聞こえてきた。
 真っ暗な中で、まっくろな髪の毛に、触れる。それから、ちょっと開いた口に、おやすみってキス。背中の腕があったかくて、ゆっくり目を閉じて、海みたいな夜の中。





 でもね、野球してるタカヤ君じゃなかったら、すきにならなかったかも、しれないよ。
 何もない世界のふたりだったら、会えなかったかも、しれないよ。
 一緒に野球するのが楽しくて、勝って笑った顔が見たくて、そいで、すきになったんだから。





20200201/野球ともお互いとも離れられないアベミハ
20200814/修正



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