on the Spaceship じゃあ五分くれ。 そう言ったタカヤ君は、欲がないな、っておもった。 「ご、五分で、いいのか」 「いーよ、ほらもう予鈴鳴っからスタートすんぞ」 「ええ、ま、待って」 誕生日プレゼント、何が欲しいって聞いた返事が「五分くれ」だった。 プレゼントって何かもっと、お菓子とかごちそうとかケーキとか、どこか行くとか、そーゆーのを考えてたからびっくりして、でも、タカヤ君らしいなって思った。だって、お菓子食べてるところはあんまり想像できないし、ごちそうとケーキはきっとお家で食べるし、どこかって言ってもスグに思いつかない。行きたい場所はもうずっと一緒で、だけど、そこは行きたい、じゃなくて、行く場所だ、って皆で決めたんだ。……デート、っていうの、してみたいなあ、とは思うけど、きっと二人して野球したくなっちゃう。 タカヤ君が欲しいもの、って考えてたけど、文房具とか、普段使うものと、野球のもの以外全然思いつかなかった。これが好き、って言ってたものもなかったし、例えばボールペン見ても、「これ欲しいかな」って思っちゃって、結局何も買えないまま、当日になってしまった。 ヘンにあったかかった11月と違って、12月に入った途端急に寒くなった。朝練で裏グラに向かう間に耳は凍ったみたいに冷たくなるから、耳当て探さなきゃなって思ったぐらいだった。クラッカー鳴らしてお祝いはしたから、放課後の練習が終わったら皆でケーキ代わりのドーナツを食べた。お弁当はいつもお母さんに作ってもらってるだろうから、いまさらオレが作るなんて言えないし、朝眠くて起きられない。そいで、タカヤ君にできること、何にもないなあ、って思ってしまった。 名前で呼ぶのがプレゼントでいいよって、誕生日当日には言われた。その時初めてタカヤ君って呼んで、すごく嬉しそうにしてくれて、それが嬉しくて、あったかい気持ちになった。でも、やっぱり、何かしてあげたいって思う。だから、もう聞いちゃえって思ったんだ。 期末テストが終わると、学校全体が慌ただしくなる。オレ達は成績でそわそわしてるし、先生達はいつもより忙しそう。勉強会のおかげで白紙ってわけじゃなかったけど、自信があるかって追われたら首を振る。ゆうくんにどうだった、って聞いたら悲しそうな目が聞くなって言ってたから、それ以上聞かなかった。……し、進級、できるかな。4月には後輩だってできるのに。スカウトだって行くのに。野球だけしてたいけど、まだそんなわけにはいかないらしい。 タカヤ君は教えるのはじょうずってわけじゃない。オレよりずっと頭がいいから、オレが思いつかない方法とか公式の使い方を知ってる。そいで、話しててオレが分かんないってカオすると、ちゃんと戻って説明してくれる。時々、「もうこれはこうだって覚えとけ」って言われるけど。出来たって言うと、よしって言ってくれるのが、ウレシイ。こーゆー、ちっちゃいウレシイ、を、いっぱい増やしていけたらいいなって思う。 お昼休み。たまにはコッチ来れば、って言われて、7組でお弁当を食べた。花井君とフミキ君がいて、9組とはまた違う雰囲気で、ちょっとだけ、キンチョウした。クラスの子が投手のひとだよね、って話しかけてきたけど、よく覚えてない。 タカヤ君ちの卵焼きはオレの家と違ってしょっぱいやつだから、一緒に食べる時はいつも交換してもらってる。お前ンちの甘いよな、って言われて、初めてしょっぱい卵焼きがあるって知った。 「オレの家も甘いよー。今度みんなの家の卵焼き比べてみたくない?」 「お、おもしろそう、だ!」 「そういや合宿で卵焼きって作んなかったよな」 「うん、作って、ない、」 「じゃあ次ン時作ってみれば?」 「は、花井君、頭いい!」 「ヤメロってンな目で見んな」 「10人でやるっつーことは毎食のように卵焼きってことかよ、」 「オレ全然いい! やろうよ卵焼き大会!」 そんな会話をしてからちょっとして、オレはタカヤ君と並んで座ってる。 いつもは9組に来てくれたり、渡り廊下とか部室で話したりもするけど、ふたりっきりになりたい時は、屋上に行く階段を使う。屋上は入っちゃダメだし、見つかったら怒られるかもしれないんだけど、今のところ、先生は来たことない。窓から入る日差しがあったかくて、横にいる阿部君の髪の毛がキラキラして見えるのが、すきだなって思う。 「タ、カヤ君、卵焼き、キライ?」 「別に嫌いじゃねェけど飽きンだろ」 「じゃ、じゃあ、すきなもの、ある」 「食いモンで? 好き嫌いそんなにねェからなあ……肉は好きだな」 「に、肉、」 「何だよ」 「何でも、ナイ」 何でもなくナイ、だろ。 どこが、ってわけじゃなくて、オレが何か言いたくて言えてない、っていうの、タカヤ君はすぐ分かっちゃうみたいだ。そんなに顔に出やすいとマウンドでバレバレだぞ、って笑うから、怒ってたり、呆れてたりするんじゃないみたいだけど。……そうやって、オレのこと、待っててくれる。 もちろん、ダメなものはダメって言うし、怒られることもあるけど、それよりもずっとずっとやさしいって、一緒にいて知った。今だって、オレが繋ぎたいって言った手を、ずっと握っててくれる。いつも甘えちゃうから、誕生日ぐらいは、ちゃんとお祝いしたいんだ。 「た、誕生日プレゼント、何がいいかなって、」 「そりゃこの前もらったっつったじゃん、名前呼び」 「そう、なんだけど、もっと、違うの、あげたい、」 「……一個で十分だよ」 「でも、あの、でも、ね、」 案の定ことばに詰まったオレにタカヤ君はまた笑う。くしゃ、って空いた手で髪を撫でられた。そうやって触ってもらうのはすきだ。タカヤ君の手はオレよりすこしだけ大きくて、かたい。 だいじにしてくれるだいじなひとに何かしてあげたいって、そう思ってるのは、ほんとなのに。いつまで経っても、うまくいかない。きっとこの先、サプライズとかそういうのも出来ないんだろうなって思ったら、急に悲しくなってきた。 「待て、今の流れで泣くタイミングあったか」 「ちがう、ごめん、なさ、オレ、何も思いつかない」 「だからいいって言ってンのに」 「でも、オレ、何かしたいって、思って、」 自分で言っててワガママだなって思う。何かしたくて思いつかないならやめればいいのに。バカだなあ、タカヤ君のことになると、いつもよりもっと、何も考えられなくなる。すきだって気持ちばっかり大きくなって、すきだって言う以外に伝える方法もなくて、他のことが全然追いつかない。 じゃあさ、ってタカヤ君が言う。 「レンの五分、くれ」 「ご、五分、」 「そう、今から五分」 「ご、五分で、いいのか」 「いーよ、ほらもう予鈴鳴っからスタートすんぞ」 「ええ、ま、待って」 スマホを取り出す前に、ぎゅうって抱きしめられた。びっくりして心臓が飛び跳ねてるみたいにどくどくいう。首の後ろぐらいまであつくなって、たぶん、今、全身真っ赤だ。こ、のままごふん、そう聞いたら、ん、って返ってきた。その声がいつもと違って、何だか、余裕、ない、感じがして、どうしていいか分からなくなる。 きっとタカヤ君も、試合中みたいなフテキな顔、できてないんだ。見たいのに、腕の力がゆるまなくて、全然見えない。見えないようにしてるだろ、って思うけど、言わないであげる。だって、オレ、今誕生日プレゼントだもんね。 ふう、ふう、っていうオレのヘンな呼吸が、ひとつ。心臓のどくどくは、ふたつ。同じくらいうるさかったのが、だんだん、ゆっくり、とくとくって音に変わっていった。タカヤ君の背中にきゅってしがみついたら、あったかくて、嬉しくて、ふわふわして、キモチイイ。 あ、スマホ、たいまー、そこまで考えて、すうってねむくなった。 唐突なチャイムの音で「ひえっ」ってからだをびくつかせたら、タカヤ君が噴き出した。 ね、寝ちゃってた。たった五分なのに、何だか熟睡したみたいに感じる。「その声何とかなんねェの、」頭の上から聞こえる声が、さっきとまた違って、すごく、やさしい。 「な、なんない、たぶん」 「そっか」 「ダ、ダメ?」 「いや、お前らしいからいいや」 気持ちよさそうだったし、そう言われて、タカヤ君は起きてたんだってことと、オレが寝てたのを見られてたってことを知った。起こしてくれてよかったのに。たった五分でも、いっぱい、話したかったのに。そう不満を言ったら、もらった五分をどう使おうとオレの勝手だろ、だって。いつもの、いたずらっ子みたいなタカヤ君だ。 もっかいぎゅってされるけど、今度は、ちゃんと顔が見える。 「……なあ、」 「うん、」 「お前寝たじゃん」 「ね、寝たよ」 「そしたらさ、今度泊まる時一緒に寝られンな」 「あ、うえ、む、無理だよ」 「いや今寝てたね、めちゃくちゃ寝てたね」 「だ、だめ、無理です、」 何度かタカヤ君がうちに泊まることはあったけど、いつもお客さん用の布団で寝てもらってた。だって、一緒に寝るなんて、心臓がもたないし、キンチョウして、全然眠れないって思ったし、もっと、……もっと、近くに行きたいって、思っちゃう、よ。 タカヤ君は、ないのか。オ、オレだけ、なのか。 目線を下げて、顔を見ないようにして聞いたら、ぐいって顔を上げられた。「お前さあ、」まっくろな目に、オレの顔が映ってる。 「オレにだってシタゴコロぐらいあるっつーの」 そうして、まっくろな目と、まっかな口が、降りてくる。応えるみたいに目を閉じて、期待するみたいに、ほんのちょっとだけ口を開けた。こーゆーキスは、まだ、あんまりしたことない。でも、ちゅってするキスより、ずっと近くなった気がして、苦しいけどきもちくて、おへその下があつくなる。まだ学校、そんなの、分かってる、けど。 ……ねえ、オレだって、シタゴコロ、あるんだ、よ。 遠くでチャイムが鳴ってる気がした。 ここだけ、この場所だけ切り取って宇宙船にして、飛んでけたらいいのにな、そんな夢みたいなことを、思った。 20191211/たった五分をいとしく思うアベミハ 20200814/修正 ← |