きみのテツガク



「なー、レンとタカヤふたりでいる時ってどんな話すんの」
「は、なひ、?」

 ゆう君と、コースケ君と、ハマちゃんとオレでお昼ご飯。卵焼きを口に入れた瞬間のことだったから、うまく話せなかった。飲み込んでからはたと考える。オレ、タカヤ君と、どんな話、してるだろう。
 タカヤ君とそーゆーことになってる、っていうのはとっくに知られてて、もっと言うとゆう君には相談までしてて、ツキアウってなって一番に報告した。そいで、花井君には、ふたりで「部活にメーワクかけない」って言いに行って、そしたらいつの間にか皆に知られてた。だから時々こんな風に、九組にいても、タカヤ君の話がたくさん出てくる。ムズガユイような、嬉しいような、ヘンな感じだ。

「そりゃ野球の話だろー、なあ?」
「ん、うん、」
「あとは?」
「あとは、……」

 コースケ君のことばに黙っちゃったオレを、ゆう君がのぞきこむ。「まーテレビの話はないよな」「あ、でもスポーツニュースならあるんじゃない?」「あ、それは、ある」「おー、センバツも発表されたしな」「あとは?」「あと、うんと、ね」うんと、考えてみるけど、何の話してたかな。コンビニの帰りなら、肉まんが美味しいって話で、朝練の前は寒いねって話で、練習試合の前なら、サインと打者の確認、とか。つっかえつっかえそう伝えると、三人は顔を見合わせた。そうだよね、これ、話って言わない、気がする。

「ぶっちゃけさ、オレ、レンとタカヤがすらすら会話してンのとか想像できない」
「オレも」
「ごめん、オレも」
「あ、あんまり、話は、しない、……」
「でも付き合ってんだもんなー」
「コラ、声でけェよ」
「なあ、ふたりでいる時ってさ、お互いこう、甘えたりとかすんの」
「あ、まえ、ええっ」

 思わずおっきな声を出したオレに、ゆう君は「だってツキアウってそーゆーモンじゃねェの?」と続ける。

「何つーか、相手にしか見せないカオ、みたいな」
「分かる分かる、ロマンだよなァ」
「全っ然分かんねェから浜田は黙ってろよ」
「ひっど! 泉ひっど!」

 ハマちゃんがコースケ君にすがりついてぺんって叩かれて、それを見てゆう君と笑う。そっか、ツキアウって、そーゆーモン、なのか。甘えるモン、なのか。……オレは、たぶん、いっぱい甘えてる。寄っかかるとか、荷物を持ってもらうとかじゃなくて、でも、スゴク、甘えてる、と思う。
 話をしないでいい、っていうのもそうじゃないか。オレが何か言うのを待ってくれて、笑ったり、時々怒ったり、真っ赤になったり、照れてるって分かったりするのが嬉しくて、うまく話せなくても、それでいいやって思ってた。……でも。
 でも、それで嬉しいのって、オレだけなんじゃないか。

「でもタカヤってベタベタすんの好きなんかな」
「あんまそういう感じには見えないけど」
「だーからそれがレンの特権なんだって! なあ?」
「………」
「レーン?」
「あ、うえ、えと、」

 ワカン、ナイ。
 本音だった。
 ツキアウって、どういうこと。
 瞑想じゃなく手をつないで、ないしょでぎゅって抱き合って、キスをした。全部あったかくて、泣きそうになって、すきだよって何度も何度も繰り返した。もっとって言えば、タカヤ君は応えてくれる。でも、そういえば、タカヤ君から、したいって言われたこと、あんまり、ない、かも。そうだ、いつだってオレが欲しがってる。

「……あ、」
「どしたレン」
「甘えてるの、は、オレばっか、だ」
「ん? そうなのか?」
「う、ん」
「タカヤは嬉しンじゃねェの、こうなる前から相当カホゴだったんだし」
「カホゴっていうか大事にしてるって言ってやれな?」
「おっ、浜田はタカヤの味方か!」
「はいはいどーせオレは味方になりませんよ」
「何だよスケコー、すねてんの」
「うっせ!」

 みんなの笑い声がちょっとだけ遠くに聞こえた。やだな、いつもこうなっちゃう。オレばっかり頼って、オレばっかり甘えて、キモチヨクなってたら、ずるい、よね。だって、ふたりで強くなるって、約束したのに。結局頼ってばっかりじゃ、またタカヤ君がくるしくなる。そんなの、ダメなんだ。
 すきって思えるひとを、すきって思ってくれるひとを、ちゃんと、大事にしなきゃ。





 一緒に帰ろう、なんていつもよりハッキリした声で言うから、勢いでおう、と返事した。帰ることにそんなやる気出さなくても、と喉まで出かかって、いつものやつらが「レン、頑張れ!」とか言ってっから飲み込んだ。コイツ、また何かあったな。昼休み行っときゃよかった。
 と、珍しく着替えの早いレンが振り返りながら部室のドアを開ける。お先、って平静を装ってドアを閉めて、ふわふわの猫っ毛の背中を追って歩く。何だかんだ、ふたりになれンだからいいやって思うことにした。すこし歩調を早めて隣に並んだら、ぴっと揺れる肩。自転車に乗ってすいすい走ってく背中をやっぱり追いかける。いつもみたいに押しながらのんびり歩く、っつー流れではないらしい。まあ冬だしな。

「なあ、」
「は、いっ」
「そんな急いで帰りてェの」
「ちが、う、寄りたい、ところ、ある、カラ」
「どこ?」
「ない、しょっ」
「バカ、前見ろ!」

 ぎゃあぎゃあ言いながら自転車をこぐ。そういや今日、水谷に「ふたりだとどんな話するの、」って聞かれたな。練習のこととピッチングのことだろ、そう返したらロマンの欠片もないね、って呆れられた。

「それってつまり野球の話しかしてないってことだよね?」
「だから何だよ」
「あーでも、いいのか、」
「はあ?」
「や、バッテリーならそうじゃないとダメなのかも」
「……何言ってンだお前?」
「うん、それはそれでアリだと思うよ」

 本気で何が言いたいのか分からなかった。そもそもレンと話がポンポンできるなんて思ってねェ。
 夏からレンは変わった。自分がしたいこと、オレがすべきことを、はっきり口にした。頭ン中でめちゃくちゃ考えて、ちょっとずつことばにしようとしてるんだって気づいてから、うまく会話しようとするのをやめた。たぶん、オレ達はこうでいいんだ。相変わらず短気なオレが待てなくて、うまくいかねェことのが多いけど、一緒にいることで変わってったらそれはそれでいいんじゃねェかって思う。
 どっちかっていうとレンの家に近い公園が、何となく帰りたくない、つーか、……ツキアウ、ようになってから時々寄る場所だった。住宅街の中だから夜は誰もいないし、ベンチに座って、寒いのを言い訳にして手をつないで、時々、キスをした。自分がこうなるなんて想像もしなかったのに、現金なモンで一回したらすぐに次が欲しくなった。オレが言う前にレンがもっと、ってねだるからたまらなくなって何度も何度も触れた。腕ン中があったけェのが、足元からつむじまで広がってくのも、キモチイイもんなんだって知った。
 近くの自販機でペットボトルを買って、いつものベンチに座る。レンはさっきからそわそわしながら湯気の上るミルクティーを飲む。どうした、そう聞いていいのかどうかも分からなくて、そもそもここが寄りたいところなのかも分からなくて、ちょっと遅くなるって母親にラインして、とりあえずレンの次の行動を待った。
 不意にレンが「よ、し」って何かを決めた顔でこっちを向く。何、って聞く前に、

「あ、」
「あ?」
「あ、まえて、いい、よっ」

 あ、の形で口が開いたまま、動けなかった。
 レンは、今何て言った? 甘える? 誰が? 誰に? つーか、甘えるって何だ?
 予想だにしない発言に動けないままでいると、途端に猫っ毛が慌てだす。

「あ、あの、あれ?」
「……あ、まえる、って、何」
「えっ、えっと、その、オレ、オレ、ね、」

 考えたんだよ、だから、笑わ、ないで、聞いて。

 笑うわけねェだろって、そう言って安心させることもできやしねェ。自分の今の状態がフツーじゃねェってことも、分かってるつもりだ。さっきまで冷たかった指先がいやに熱くて、マフラーに埋もれてる耳に風が当たる。当たるのに、ちっとも寒くねェ。レンはきっと真っ赤だとか思ってンだろうな、それでも、この熱を隠す方法なんて知らねェ。
 だって考えてみろ、すきなやつに甘えろって言われたんだぞ。どうすりゃいいんだ。正解なんて今まで生きてきて考えたこともねンだよ。

「オレ、いつも、タカヤく、頼って、甘えて、ばっかり」
「……そう、か?」
「う、そうだよ、」

 そうでもねェと思うけど、こういう時のレンは言っても聞かない。オレも相当に頭でっかちな方だけど、頑固さはレンのが上だ。
 これもこれも、あれも、あとは、指折り数えるレンに思わず笑っちまった。財布忘れて肉まん買ってもらった、なんて、オレさえ忘れてるような小さなこと。それがレンの中にすこしずつ、でも確実に積もっていってる。でもそれを甘えてるって言うなら、オレだって同じだ。

「オレだって、相当お前に甘えてると思うんだけど」
「……?」
「だから、何つーか、これ以上甘えろって言われても、」
「えっ、ど、どれが、甘えてるって、おもう、」

 どれ。
 またこいつはムズカシイことをカンタンに聞いてくる。こーゆーの、ってからだ近づけてキスして、固まったレンに言う。

 ……ほら、勝手なことしてンのに怒んねェじゃん、……だ、って、やじゃ、ないもん、……外だぞ、……タ、カヤ君が、したいこと、でしょ、……気軽に言ってくれるよなァ、き、がるじゃない、ほんとの、こと、オレばっか、いつも、したいって思って、

「だあもう!」
「う、ひえっ」
「おまえってやつは!」
「ご、ごめ、」
「オレも! そう思ってンだよ!」
「え、えっ」

 とんちんかんな声を聞かなかったふりして頭をわしゃわしゃなでまくって、レンが下向いた隙に思いっきり抱き寄せた。勢いにベンチがきしむ。誰が見てたっていい。今なら大声でレンがすきだって叫んでやる。
 笑ってる顔が見たくて名前を呼んで、レンのことなら分かってるって顔して、今みたいに急に抱きしめて、嫌って言わないの分かっててキスして、オレだけみてろっておもって、そんなことできやしないのに、そうしてほしいってどこかでおもって、なあ、これでオレが甘えてないって言うのか、もっと、って、また言うのか。

「……う、タ、カ、」
「レン、」
「は、い」
「レン、」

 背中に回った腕がぎゅう、って音がするぐらいに上着をつかむ。また腕の中から、つま先まで熱が通う。
 レンはオレと全然違う。共通してンのは野球がすきってことぐらいで、それ以外はびっくりするぐらい違う。でも、同じなんだ。何かしてやりたいって思うのは、レンもオレも同じなんだ。ただ、その方法がまたびっくりするぐらい違って、重なることなんかほとんどなくて、後はひたすらすれ違う。たまに重なった時はめちゃくちゃ嬉しいのに、すぐにそれを忘れちまう。そうやって繰り返して、いつかちゃんと全部重なる日が来るんだろうか。





 またやった、って思った。ふたりのことをひとりで考えてもしかたないのに、オレはこの先何回タカヤ君を困らせるんだろう。くるしい、って主張するみたいにもぞもぞ動いたら、赤いほっぺがオレのほっぺに触れた。寒いはずなのに、心臓の音が聞こえるぐらい、あつい。

「……他のやつになんかやんねェぞ、」

 こんなこと。タカヤ君の声は、困ってる風にも呆れてる風にも聞こえない。そいで、それを、甘えてるって言うんだって。そーゆー風に思ってくれるのが、嬉しい、って、オレはどうしてうまく言えないんだろう。もうちょっとことばがうまく言えたら、きっともっとすれ違ったりすることも、ないのに。いつもまく話せなくて、こうやって聞いてもらって、ふたりでコタエアワセしてるみたい。

「……まーたオレがワルイ、とか思ってンな?」
「お、もって、………る、」
「何で、何も悪くねェじゃん、お互いすきなやつに甘えてるってことじゃん」
「でも、何か、オレ、何もしてない、気がして」
「……なあ、さっきから気になってたんだけど、おまえ甘えるってどんな想像したの、」
「え、あ、」

 甘える、ってこと、お昼休みの後いっぱい考えた。タオル取ってあげるとか、くっつくこととか、ヒザマクラ、とか、あとは、もっとずっと、ふたりでしかできない、こと、とか。そこまで考えて、またかって顔が熱くなる。それに気づいちゃったタカヤ君が、こっちを向いた。

「レン?」
「な、ないしょ、もう、この話、オワリ」
「はあ? 聞きたいって言ってンの」
「ダ、メです」
「……へえ、言えないようなスゲーことなんだ」
「あ、や、そうじゃ、ない、ケド」
「じゃあ教えてくんね?」
「言わ、ないっ」
「うわ、言えないんだ。レンのえっち」
「え、えっちじゃない、!」

 タカヤ君こそ、何考えてるんだ、そう言うとまっくろな目が細くなった。あ、って思う。たぶん、今は、考えてること、と、したいこと、一緒だ。目を閉じて、タカヤ君の近づいてくる気配を待つ。ほっぺに触れる手がちょっとだけ冷たくて、……ちょっとだけ、震えてた。寒いだけじゃないって、思ってもいいかな。普段、グラウンドや教室じゃ絶対見せないタカヤ君。甘えてくれてるって、思っても、いいかな。
 甘えるってムズカシーね、離れたくちびるがさみしくてそう言ったら、こうご期待ってやつだな、ってタカヤ君は答えた。さすがにもう帰らなきゃ、ってベンチを立って、でも帰りたくなくて、のろのろ自転車に乗る。くい、ってコートを引っ張られて、なあに、って言う前にくちびるがくっついた。ちょっとだけ長いキスの後、目を丸くして見つめた先には、アウトを取った時みたいな、笑顔。
 タカヤ君、が、すきだ。抱きついて言う。手を離した自転車が二台とも転がって、そんな音も気にならないぐらいに、タカヤ君が、ぎゅうって抱きしめてくれる。





 そっか。甘えてもらう、って、こんなカンタンなこと、だったんだ。





20190201/甘えるという哲学
20200814/修正



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