FORELSKET 冬休み前なのに、もうトウキコウシュウなんだって。去年の今頃はオレもわけ分かんないぐらい勉強してたから、そーゆー人たちを教えてるタカは、きっとすごく大変なんだろうなって思う。自分だってレポートがあったり、ゼミがあったり、部活だってやってるのに、「やるならとことんだろ」っていつものかおで笑う。先に寝るね、ってベッドに潜り込む日が続いて、でも起きたらタカの寝息が隣にあって、それでいいやって思っちゃうんだから、オレはゲンキンだ。 平日は何だかんだ忙しいから、タカの誕生日は週末に祝うことになってる。買い物して、美味しいごはん食べて、一日遊ぶんだ。プレゼントは何がいいかなって考える時間も楽しいけど、タカが欲しいものをあげたいってリクエストを聞いたら、じゃあ一緒に買い物するか、って言ってくれた。オレもバイトして結構経つし、全然使ってないから、きっと何でも買える、ぞ。クリスマスも、別だからねって念を押したら、一個でいーよって言われたけど、それはチガウと思うから。 遅いな、って時計を見たら23:15。週末が本番でも、明日は12月11日。プレートとローソク付きのケーキはだいぶ前から冷蔵庫に入ってる。ラインが鳴って、「0時までには帰る」ってメッセージ。猫のスタンプを送って、あ、って思いついて、ジャージに着替えた。ネックウォーマーと手袋、分厚い靴下を履いて、スニーカーの紐を結ぶ。ドアを開けると、ぶわって冬のにおい。タカの生まれた季節のにおい。耳当てが欲しいな、って思う。冬は空気が澄んでるから、星がきれいに見えるんだよ、西広君が前にそう言ってた。はあって息を吐いたら真っ白で、そのまま凍っちゃうみたいだ。何だろう、ただの夜なのに、ふわふわ、足が浮きそう。明日がタカの誕生日だからかな、それとも、今からすること、タカがびっくりするか楽しみだからかな。怒られ、ないと、いいな。 タカの家から大通りまでは一本道で、角のコンビニには二人ともよく寄ってる。そこを通り過ぎて、先を目指す。前に一回だけ、予備校帰りのタカと飲み会終わりのタイミングで一緒に帰ったことがある。予備校からちょっと行ったところに自販機があって、二人でお茶を買って飲んだ。そこまで行ってみよう、っていうのが今回の作戦その一。そいで、あったかい缶コーヒー買って、日付が変わったらオメデトウって一番最初に言う。これが、その二。 赤信号を足踏みしながら待つ。ちょっとずつからだはあったまってきて、もうすぐタカに会えるって思ったら、ほっぺが熱くなる。付き合って四年、夏から一緒に住んで、それでも、タカのことを考えると胸のまんなかがほかほかするし、例えばぎゅってしてもらうとどきどきする。初めて一緒に寝ようってなった日は、ほんとにちっとも眠れなかった、なあ。そのうち、タカの体温と心臓の音が心地よくなって、隣の寝息が当たり前になって、すぐに寝られるようになったけど。 ぱ、って信号が変わったと同時に走り出す。もうすぐ、あの角を曲がったら、あとはまっすぐ。時計を見たら40分。いつも自転車で20分ぐらい、って言ってたから、ちょうどいい、はず。自販機のライトがぼんやり見えた。前に立って、何があるかな、ってラインナップを眺めてたら、 「――レ、ン?」 聞き慣れた声が、きん、って、つめたくなった耳に響く。ぱって顔を向けたら、口を開けたままの、まっくろな目。 「! タカ、」 「おま、なん、はあ!?」 タカはびっくりするとうまく話せなくなる。オレばっかりびっくりしてたのはもうずっと前のことで、知ってるのに知らないふりして過ごしてる。だってこんな風なタカ、誰にも見せたくない。ふふ、って笑っちゃいそうになるのを我慢して、目を合わせた。 とりあえず、一個目の作戦は成功だ。 「あのね、迎えに、来ました」 「むか、え」 「ふ、びっくり、した?」 「あーもう……こんな夜道、一人で歩くなって言ってンだろが」 タカが自分の頭をがしがしってかく。そんなのズルい。タカだって、同じ、だろ。オレが帰るの遅くなったら、駅まで迎えに行くってきかないくせに。そう言うと、う、ってかおをする。オレ達はいつもこうだ。心配、って言えないタカと、余計な心配ばっかりしてるオレ。 喧嘩したいわけじゃないから、おあいこ、ってことにして、自販機を指さす。 「ね、何飲む?」 「へ?」 「だって、寒い、でしょ」 「……まあ、そりゃ冬だし、いやそーじゃなくて、」 「オ、オツカレサマ、の、おごり、」 「……サンキュ」 オレが頑固なのをとっくに知ってるタカは、もうこれ以上は何言っても意味がないって気づいたみたいだ。小銭を入れるとちょっと考えて珍しくカフェオレのボタンを押す。二つ買って、それぞれの両手をあっためながら飲んだ。からだの中から、じわじわってあったまってく感じ。吐くたびに息は真っ白で、鼻の頭がつめたい。飲み口からのぼる湯気が、ふわって上がってはすぐに消える。カゴにカフェオレを入れて、二人でゆっくり歩きだした。 大変? そう聞くと、「まあな、」って言った後に、「でも何か楽しいンだよな、相手ができるようになるのってさ」だって。スウガクはリロンだって言われたことあるけど、正直全然分かんない。でも、サインとか、リードとか、センジュツとか、そーゆーことを話すタカのかおはきらきらしてて、カッコよくて、すきだなって何度も思ってた。今も、新しいきらきらを見つけたみたいな、横顔。思わずふひ、って声が出て、「その笑い方どーにかなんねェの」って鼻をつままれた。タカがぶさいく、って笑う。ぺちん、って寒そうなスーツの肩を叩いて、せいいっぱいの抵抗。……プレゼント、コート、も、いいかもなあ。あ、って思い出して、時計を見た。15秒前、ギリギリセーフ、だ。 「じ、じゅ、うっ」 「うお、今度は何だよ」 「きゅう!」 立ち止まって、時計を見てカウントダウン。何事かってタカが自転車を停める。はち、なな、だいじな赤い背番号。ろく、ごー、よん、さん、みんなの顔を思い出す。 「にー、いち、」 ゼロ、の瞬間に抱きついて、くちびるをくっつけた。勢いがよすぎたせいでタカはよろけそうになって、でも踏ん張って、そのまま抱きしめてくれた。自分からしたのに呼吸が苦しくて、ふ、ふ、って鼻で息をする。ふは、って口を離して、そしたら今度はタカからのキス。背中に回った腕が、あったかい。ほっぺ同士をくっつけて、熱を分けっこする。 「……外ですンの、やめろって言ったのお前じゃん、」 「きょ、うは、トクベツ」 時計の日付を見せると、タカはふっと目をそらす。照れ、てる。耳が赤いのは、きっと寒いからだけじゃないんだ、って、知ってるよ。きゅって手をつなぐ。オレの右手とタカの左手は、こうやって何度もつながる。最初はボールがあった。今も、ボールはそこにある。でも、ボールがなくても、つながれる。それが、すごくすごく、嬉しい。 もう夜中だから、歩いてるひとも車もない。世界の端っこに、ふたりだけ、取り残されちゃったみたい。そうじゃなきゃ、こんなこと、できないね。 「タカ、タカヤ、お誕生日、おめでとう」 今年も、いちばんにお祝いできるの、嬉しい。ありがとう。 そう言ったら、タカの時間が止まった。あれ、何か、間違った、かな、怒ってるのかなっておろおろしてたら、不意に思いっきり抱きしめられた。冬のにおいにまじった、だいすきなタカのにおい。背中に腕を回して、タカの巻いてるマフラーに顔をぐりぐりって埋める。どくどく、ふたつの心臓がうるさい。でも、離れたくなんか、ない。ゆっくりゆっくり、名前を呼ぶ。阿部君、って呼んでた頃より、きっと、もっとずっと近い場所。タカの隣にいられることが、本当に、ただ嬉しい。 「タ、カ」 「……ありがとう、はこっちの台詞だっての」 「だ、って、ほんとに、おも、思うんだ、よ」 「……もー、何なのお前、」 オレをどうしたいんだ。 たぶん、本当に正直な感想に、ふはあ、って笑う。作戦その二も、成功したみたい、だ。お祝いしたいんです、って返したら、小さい路地に引っ張られてまたキスされた。いっぱいキスしてくるのは、ご機嫌な時の、タカの癖。全然足りない、って言われてるみたいに、繰り返し繰り返し、触れられる場所がきもちいい。もっと、って言う代わりに、タカの首に腕を回す。 「ン、……んう、」 「……明日、何限から?」 「は、あ、……え、と、三限、」 「……一限だったらガマンしたんだけどなァ」 帰ンぞ、って、タカは自転車の後ろをこっちに向けた。肩に手を置いて、荷台にまたがる。今日はお祝いだから、ちょっとだけ、いいよね。ポケットのペットボトルはぬるくなってるのに、顔も、おなかも、つま先まで全部熱くて、不意にタカは寒くないかなって、熱を分けたくて、手を腰に回してくっつく。その瞬間、キキッ、て急ブレーキ。「んぶ、」って間抜けな声でタカの背中に顔をぶつけた。 「な、な、何、」 「だあもう! 殺す気か!」 「こ、ころ、しない、よっ!」 「さっきから心臓もたねーんだよ!」 「し、心臓、止まっちゃ、だめだ!」 「無理、もうさっき止まった、今も止まりそう」 「う、そだあっ」 「嘘じゃねェよ、」 ……嬉しくて死にそうだ、 ぼそってつぶやかれた言葉に、心臓がきゅってなった。自転車がふらふら進み出すから、慌ててしがみつく。 心臓が止まるって、こーゆーこと、なのか。 すきだって気持ちがいっぱいになって、息も苦しくて、はあって白い息が上がって、どうしたら伝えられるんだろう、タカが大事だって、大事にされてるのが嬉しいって思う気持ち。「スキ」ってことばも、きっと「アイシテル」ってことばも、全然追いついてこない。ことばは大事だ、でも時々、フジユウだ。だって今、ほっぺをくっつけた背中の熱が、世界の全部に思えるから。まちがってても、ほんとでも、オレにとって、今は、それが全部。 「ケ、ケーキ、あります、よー」 「おー、じゃあそれ食ったら一緒にフロな」 「オフロ、は、別!」 「何でだよ今日ぐらいいいだろ」 「ダメ、」 「はい却下、今日の主役はオレですー」 「うええ、それ、は、ズルい」 あっという間に形勢逆転したタカが嬉しそうにペダルをこぐ。タカが嬉しいなら、オレも嬉しい。今まで、たくさんたくさん、ありがとうって言わせてくれた。一緒にいてくれて、ありがとう。生まれてきてくれて、ありがとう。帰って、ちゃんと顔を見て、言うぞ。 すっかり冷めたカフェオレをあっためて、これで二人ぶんかよ、そう笑われたワンホールのショートケーキを前にロウソクを吹き消して、深夜なのに平気で食べ尽くす。片付けを終えて部屋に戻って、さっきの言葉を伝えたら、今度こそタカはテーブルに顔を突っ伏した。嘘なんか一個もないよ、だいすきだ、って続けたら、ぐいって引っ張られて気づいた時にはラグの上。まっくろの目が燃えてるみたいで、オレのすきなタカのかおが、ゆっくり降りてくる。目を閉じて、とっくに慣れた重みを迎える。 どうしよう、初めて、オフロ、一緒に入るかもしれない。 20181211/何度も恋に落ち続けるアベミハ 20200814/修正 ← |