merry febs



「ね、いつまで、サンタさん、信じて、た?」
「んー……覚えてねェけど小学生ぐらい? シュンがいたからあいつにバレないようにしてた気がする」
「そ、か、きょうだい、いると、大変だ」
「レンは?」
「オレ、は、ハマちゃん、に、バラされた」
「まじで? そりゃレアなパターンだ」

 二十四日、いわゆる世間的にはイヴ。キリストの誕生日前日もふたりの前ではただの平日である。世間ではクリスマスが叫ばれているし、何となくそわそわしてはいたものの、授業や部活動やアルバイトで、会えたのは夜になってから。せっかく一緒に住んでいても、時間が噛み合わないことがはがゆかった。
 行為の後の空気は、何とも言えない。恥ずかしさも、高揚もまだ多分に残っていて、それでいてからだは怠い。素肌でからだを寄せ合う方が暖かいことを、二人はもう知っている。すこし大きめのベッドで、足を重ね、手を重ね、最後は抱き合ってゆるゆるとことばを交わす。

「大体さ、サンタって子どもンとこにしか来ねんじゃねェの?」
「お酒は大人になってから、って、ゆうから、十九は、まだ、子ども」
「こういう時だけ頭が回んのな」
「ふひ、」

 眠いけれど何となくもったいない気がして、三橋は懸命にことばを探した。時間的に、今日はもうクリスマスなんだな、そう考えながら、小さい頃、サンタにプレゼントをお願いしていたことを思い出したのだった。

「……今年は、来るかな、」
「引っ越したからなー、住所変更ってサンタは気づいてンのか?」
「タカ、」
「ん?」
「あの、サンタさん、は、いい子にしてないと、来ない」
「オレほどのいい子が他にいたか?」
「ふ、うそ、だ、」
「嘘じゃねェよ見てただろ」
「うん、見てた、よ、……ずっと」

 朝も、昼も、夜も、ずっと。夏からずっと一緒にいられて、毎日夢を見ているみたいだった。泊まるのとは全然違う、一緒に住むという感覚。家に帰ると、阿部がいるという感覚。すこしずつ慣れてきてはいるが、慣れるのは贅沢だとも三橋は思う。こんな風に一緒にいられること、高校生のオレが知ったらどう思うかな。やっぱり贅沢だって思うのかな。ふたりの時間を必死で探していた、あの頃。いつでも不安や戸惑いがついてきていた、あの頃。今でも不安が襲う日はあるが、高校生の時のそれは今の比ではなかった。そうやって、幾度となく阿部を困らせていた、と思う。
 だから、この今を当たり前にすることは、やっぱり贅沢なのだ。
 もぞ、とからだを動かそうとすると、阿部の寝息が聞こえてきた。よく三橋を湯たんぽだと言って憚らない彼らしく、一度抱きしめられるとなかなか腕から抜け出せない。起こさないように慎重に阿部の腕を動かし、前髪に隠れた額にキスをする。今度は三橋が阿部を抱きしめる形で、おやすみなさい、と呟いた。





 よっぽど瞬間熟睡だったのか、いやに早く目が覚めた。寝る前に抱きしめていたはずの三橋に抱きかかえられていたのが不思議だったが、たまには心地よい。しっかり堪能してから起こさないように布団をかけなおし、久々に朝食の準備をする。
 料理は得意なのか苦手なのか未だに分からない。きちんと分量が書いてあって、何分でどうこう、となっているものは簡単だ。だから高校の時より腕は上がっているとは思うが、何せひとつまみだとか少々だとかいう表記が理解できない。そんなの好みじゃねェか、と思いながら作るとたいてい塩辛くなるし、遠慮すれば薄味になる。とりあえず適当に味付けしたスクランブルエッグとオーブンに突っ込んだトースト、昨日の残り物のサラダを出せば見栄えはするだろう。
 昨日と言えば、プレゼントを渡すタイミングを完全に逸した。ここぞとばかりに全コマ授業をぶち込んできた教授と、昨日に限っていやに熱心な監督のおかげで正直くたくただった。三橋がもらってきたバイト先のまかないを食べ、風呂上がりに急に人肌恋しくなってなし崩しにベッドへ倒れこんだ。単純に欲情したのだ。イヴの余韻だか雰囲気だとかは全く無視して。
 ひとしきり終わった後にサンタの話になって、ようやくプレゼントを渡していないことに気づいたが、今度は睡魔に負けた。つくづく三大欲に忠実に出来たからだだと思う。朝食の際に渡せばいいか、と、用意したプレゼントは紙袋に入れて椅子に置いてはあるものの、どう切り出すかがまた問題である。
 そうこうしているうちに、三橋がぱたぱたと寝室から出てきた。

「タ、カヤ、」
「おー、起きたか。おはよ」
「あのね、サンタさん、来てた、よ!」

 こちらの顔を見た途端、朝の挨拶より先にサンタときた。自分の声で眠気をふっ飛ばしたように近づいてくるものだから、慌ててプレゼントをキッチンの隅に追いやる。

「……いつ、どっから入ってきたんだよ」
「あ、えと、んー、タカが、寝た後、オレが、起きてたら、部屋、入ってきて、これ、」

 そうもだもだと理由づけをしながら、三橋はリボンが巻かれた紙袋を差し出してきた。
 不法侵入だし鍵開いてたなら問題だし泥棒だったらどうすんだ起こせよつうかサンタが預けるって何だよしっかりオレに寄越せよとか言いたいことは死ぬほどあるけれど、彼なりにクリスマスを盛り上げようとしているのだけは分かる。……これは乗ってやらねば面白くない。

「……まじか、オレんとこにも来たぞ、レンにって」
「ほ、ホントに!」

 いや普通二回は来ねェだろどんな間抜けなサンタだとか突っ込まれたらどうしようかと思ったけれど、

「朝方、遅れてごめんってさ」

 そんな小さなうそを、ついた。
 三橋は自分の思惑に乗ってくれたことが嬉しいらしく、心配は杞憂に終わった。お互いにプレゼントを交換したところで、まずは朝食だ。トーストが冷めてしまう。

「み、耳あて、だ!」
「お、手袋」

 阿部の手料理をたっぷり食べて、牛乳を飲み干す。片づけが終わってふう、と一息ついてから、二人してプレゼントを開けた。三橋には耳あて、阿部には手袋。サンタが選んだのはどちらも実用的な小物だった。阿部は鼻歌を歌いながら手袋をつけて外して、感触を確かめている。三橋はその様子を見やって安心した。シンプルなものを好む彼だから、なるべく長く使えるように、と選んだつもりだったが、どうやら気に入ってもらえたようだ。自分も耳あてをつけてみる。ふわふわと柔らかくて、心地よい。真っ白なそれを見て、まるで雪玉くっつけてるみてェ、と阿部が笑う。
 サプライズのつもりでサンタの名を口にしたが、思いのほか阿部が乗ってきてくれた。そのままサンタからのプレゼントという小さな、でも壮大なうそを押し通そう、と内心思う。が、

「タカ、毎日、じ、自転車、でしょ。手、寒いかなって、ね、あ、サンタさん、が!」
「レンはいつも耳が赤くて寒そうだからって、サンタが、」

 言いながら、吹き出して笑ってしまった。去年まではお互いにきちんと渡していたのに、今年は子どものようにサンタを連呼する。イヴもクリスマス当日も一緒にいて、すぐに渡せるようになったからだろうか。去年までとは、またすこし関係性が変わったからだろうか。それでも、些細なことで笑えるのは幸せなことだろうと、三橋は思う。
 いつからか、サンタは家に来なくなった。プレゼントが欲しいわけではなかったけれど、いないのだという事実がすこし寂しかった。夢が醒めてしまったような気がした。でも今は、阿部がいる。一緒に喜んでくれるひとがいる。また、サンタクロースという夢を、信じてもいいように思えた。
 阿部が言う。メリークリスマス。遅れて三橋も言う。め、メリー、クリスマス。たどたどしくて、相変わらずな自分を、阿部は笑って、すぐそばで待ってくれている。それだけで、もうよかった。

「せっかくだから、今日はサンタからのプレゼントつけて出かけるか」
「あ、うん!」

 部活動はなし、アルバイトも入れなかった、今日ぐらいは大学も休んでやる。ノートは学科の奴らに頭を下げてどうにかしよう。前々から決めていた、クリスマス当日ぐらいは一緒に遊びに行こうという約束。とは言え、野球漬けの毎日を送る二人には、行き先があまり思いつかない。結局、電車で十数分のターミナル駅に出て買い物をしようということになった。

「コイツに合うアウターが欲しいな」

 着替えながら目の前で手袋をぶらつかせれば、三橋は嬉しそうにして、それからはたと真顔になる。

「あうたー、?」
「あー、上着。コート」
「おお、オレ、も、見たい! 耳あて、に、合うヤツ」

 三橋が阿部の言を真似て言う。よく恋人は似てくる、と言うが、二人は驚くほど似ていない。考え方も全く異なる。だが出会った頃の従順なそれとも明らかに違って、いつからかすり合わせが出来るようになってきた。それが恋人という関係性に変わってからかどうかは、もう覚えていないが。
 クリスマス当日だ、セールやら何やらですこしは安くなっているだろう。暖冬と言われて久しいけれど、三橋は年始に群馬へ、自分も実家へ帰る。防寒対策はして損はない。幸い、アルバイト代はまだ十分にある。普段どれだけ使ってないんだろうな、と財布の中身を確かめた。

「……ね、今日、混んでそう、」
「まー、世の中における一年に何度かのデート日和だもんな」
「デート、」
「え、デートじゃねェの?」
「……デート、です」
「こんなんで赤くなんなよ、……おい、レーン、」

 コートを着込み、出かける時になってもまだ顔の赤い三橋に近づく。既に装着済みの耳あてを外せば、ほんのり染まった耳が見える。あ、ねえ返して、という抗議の声を無視して耳に顔を近づける。なあレン、聞こえてるよな、

 オレとデートしてくれませんか?

 直接的な誘いの言葉に、先ほどよりさらに真っ赤になった耳をして、三橋はぶんぶんと頷いた。





20151229/恋人はサンタクロースのアベミハ
20200813/修正



- ナノ -