きみをことほぐ



 あげたいものがあります、
 少し色素の薄い目が、揺れた。

「……って、今、もらったけど」

 たった今開けた包みに目をやった。大体12月生まれは勝手にクリスマスのラッピングをされる。赤と緑、白と黄色、モミの木に光る黄色い星、加えて雪の結晶でもあれば完璧だ。そしてクリスマスプレゼントと一緒にされるだとか、2月生まれはバレンタインデーのせいで包装紙がハートまみれになるだとか、そんな話を確か高校生の頃にした気がする。
 一緒にいるようになって、もう4年になんのか。もう、って言っていいかわかんねぇけど。
 出会って4年。三橋がオレの部屋に来て4ヶ月。世間はあっという間に冬支度を始めた。部活は休み、バイトも入れずに一日一緒に過ごした、12月11日。今さっき帰って暖房を入れた部屋は、まだ少し寒い。

「これだけじゃない、」
「まじで?」

 三橋から渡されたそれはシンプルなものだった。英字新聞のような包装紙に、三橋と店員のやりとりを想像してして笑う。くるまれていたのは、この間見た黒の腕時計。「こういうのだと着けやすいよな」、何の気なしに言った言葉を、彼は覚えていたらしい。

「もういっこ、」
「いいよ、こんな高いのもらってんのに」
「だめ、あげるんです、」

 三橋は替えたばかりのカーペットに正座をする。何だろう改まって、何となく一緒に正座してしまう。さっきプレゼントをもらったときより、緊張すンだけど。三橋はゆっくり深呼吸して、ゆっくり口を開いた。

「あの、ね、」
「うん」
「前から言いたくて、でも、だめで、」
「うん」
「笑わないで、ね」
「笑わねェよ」

 ふ、と息を吐く。何だよ、手に汗かいてきた。お前何でそんな赤い顔してんの、緊張をどうにかしようとしてそう言いかけて、目が合う。逸らされる。何だそりゃ。
 クリスマスと誕生日は分ける、ちゃんと分ける。いつだったか三橋はそう宣言した。いまさらプレゼントがもらえないって駄々をこねる年でもないのに。それでも一緒にいるようになって、三橋は毎年几帳面にふたつ用意してくれている。お互いの誕生日とクリスマスと、回数は変わらないのに何だか申し訳なくなる。無理しなくていいのに、そう言えば無理じゃないよ、と返ってきた。いっぱい考えるけど、考える時間が楽しい、って。たぶん、毎年栄口辺りが付き合わされてんだろうな。んで水谷が付いてってんだろうな。……それぐらいは許してやる、なんて勝手な言い分だろう。
 だって目の前の三橋はいつでも、一生懸命なんだ。びっくりするくらい一生懸命に、オレをすきだと言う。そんで、オレのいちばんすきな顔をする。
 あ、また目が合った。今度は深呼吸。何言うつもりだよ三橋、


「タ、カヤ」


 空耳かと思った。
 一瞬前に考えてたことが、吹っ飛んだ。
 あいつが、呼んだ。オレを。名前で。

「……プレゼント、は、名前、です」

 そこでやっと我に返った。名前、で、呼んでくれんの、オレを。

「……な、まえ、って」
「ずっと、呼んでみたかったんだけど、恥ず、かしくて、いつも」

 言えなかった、三橋が自分の耳を触る。たぶん耳も赤いから冷めないだろうな、そんなことを、思う。オレが何にも言わねェから、だめだったかっておろおろしだす。わりィ、それどころじゃねェ。頼む泣くな。ちょっと待て。
 てか、ちょ、っと、まじで。……何だこれ、腕まで赤いんだけどオレ。何してくれんだこいつ。も、だめだ、

「うわ……すげー、うれし、」
「ほ、ほんと!」
「ほんと、ってか、」

 名前って、こんな変わるモンなのか。何でもない顔すら出来ねェ。……目が、熱い、ああこれ泣く、確実に泣く。そんな顔見られたくなくて三橋を引っ張ってむちゃくちゃに抱きしめた。熱のこもった体を捕まえて、やっと息が吐ける。「わう、」犬みたいな声が聞こえたけど無視。当たり前だけど三橋からは三橋の匂いがして、不規則な呼吸が全然戻らない。まして三橋の体はどくどくうるさくて、何かもうこのまま不整脈とかで死にそうな気がした。

「お、あ、」
「…………」
「……びっくり、した?」
「ん、びっくりした」
「う、れし、」

 嬉しいのはオレの方だ。お前がそう思うよりずっと。
 ずっと呼びたかった。そうすれば、もっと近くなれると思ったんだ。それだけ一緒にいたんだって、確証が欲しかった。単純に知っている期間は勝てそうにないし、そこにオレの知らない三橋がいるのも分かってる。だから、せめて近づこうと思った。……まだ叶のこと気にしてんだよおれ。かっこわりィ。

「……レン、て、」
「っひ、」
「オレは、呼んでいいのか、」

 腕の中で三橋の肩が揺れた。何つー声出してんだ、ばか。

「……呼んでくれるの、」
「呼ぶよ、つか、呼びたいんだけど」

 お前が許してくれるなら、何度だって呼ぶ。そう言ったら「じゃあ呼んでください」って小さな声が返ってきた。
 名前は領域だと思う。会った瞬間呼び捨ての奴もいれば、未だに苗字にさん付けの人だっている。たぶんそれがお互いの距離感だったり、付き合い方なんだろうけど、三橋なんかはその領域がすごく狭いような気がする。このままじゃ呼び捨てなんか出来そうにない、そう思ったからこっちから言おうと思ってた。どんな顔すっかな、なんて考えて。実際オレはさっきどんな顔してたんだろう。

「オレ、誕生日じゃないのに、もらって、いいの」
「じゃあ前倒しな、来年のお前の誕生日プレゼントで」
「うええ、」

 やだって言やあいいのに。こいつ将来絶対変な壷とか買うだろ。こうやって三橋困らせんの、ちょっと癖になってきてるんだよな。本当に反応が面白い。時々さっきみたいなカウンターを食らうけど。
 肩口で身じろぐから、少し力を緩めて向き合った。この距離なら視線は逸れない。だけどそれは、同時にオレの目元をあいつが見るってことで。

「……泣いてるの、」
「泣いてねェし」
「タカヤ、意外と泣き虫、だよね」
「……お前まじで泣かすぞ」
「や、ですー」

 ふひ、笑うあいつの耳元で名前を呼ぶ。「レン、」びくついた瞬間を逃さずにキスして、息継ぎをしてまたキスして、レンの手がオレのシャツをぎゅうと握った頃、額くっつけてまた名前を呼んだ。レン。慣れなくて恥ずかしくて、照れるけど。

「……ね、」
「うん、」
「すきです、よ」
「……オレも」





「たんじょうび、おめでとう」
「ありがとう」





 何て言えばいい、お前への気持ち、何て言えばいいんだろう。イトシイとかそんな言葉、もうとっくに飛び越えてると思うんだ。





20091211/名前を呼び合うアベミハ
20200813/修正



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