冷房26時



 ………あっちい……。

 汗だくで目が覚めて、Tシャツで胸元をあおぐ。こう毎晩毎晩熱帯夜だとたまらない。朝にまたシャワー浴びねェと、そう考えてごろんと寝返りをしようとする――が、体がうまく動かない。投げ出したままの腕に重みを感じて、阿部は目線を落とす。
 暗闇に慣れた目が映したのは、こちらも汗だくで眠る三橋、だった。

「……は?」

 何でここにいんだ、飛び起きた拍子にベッドが揺れる。きしみに合わせて転がり落ちそうになる三橋を慌てて引っ張った。すこし眉をゆがめたものの、起きることはない。よくこの暑さで寝ていられるものだ。
 三橋が今、阿部の部屋にいることはおかしくはない。おかしくはないが、おかしい。阿部の驚きは一緒に寝ていたことに対してのものだった。
 元々撮影してもらったビデオで先の練習試合の確認をすることになっていた。フォームやスコアのチェックは遅くならないうちに終わったが、夕飯を一緒に食べ、何だかんだと理由をつけて泊めた。
 一晩中冷房をつけっぱなしにするのは、阿部は好きではなかった。窓を開けてどうにかしのげるならそれでかまわなかったし、下手に腹でも出して風邪をひいては元も子もない。
 明日も朝練がある以上、睡眠不足は避けたい。自分はともかく、わざわざ泊まった三橋にはきちんと寝てもらいたかった。今までも三橋を泊めたときには、二人にはすこし狭いベッドでくっついて寝たこともあった。しかし酷暑と言われて久しい今の季節では、遅かれ早かれ暑さで目を覚ます。何度も起きることを考えれば、別々に寝るのが得策だった。そういうわけで、三橋は阿部の母親が用意した来客用の布団で寝たはず、だった。
 しかし今やその布団は空で、三橋は阿部のベッドで、阿部にくっついたまま眠っている。

 ……何でこっちきたんだこいつ。

 はあ、と一息ついて考える。寝相が悪いというレベルではないだろう。
 まさか一緒に寝たかったなんて言わねえよなこんな暑いのに。
 暑い。
 そう暑いのだ。何はなくとも暑い。すこし窓を開けると、申し訳程度の風が頬に当たった。これじゃ意味ねェか、とゆるくエアコンをつける。このまま二人で寝れば、すぐに汗だくになるのは明白だった。とりあえず三橋をこのまま寝かせて、阿部は布団に移ろうと動いた。右手にかけた体重で、ベッドが沈む。三橋を起こさないようにベッドの真ん中へとずらす。
 と、頭を動かされた拍子に三橋が目を覚ました。

「……ん、」
「おー、寝てろ」

 言いながら、足元でぐちゃぐちゃになったタオルケットを三橋の体にかけなおす。

「……ん、や」
「?」

 ぎゅう、とTシャツの裾が引っ張られる。思いのほか強いそれに、阿部は思わずベッドに腰を落とした。ふるふると首を振る三橋はどうやら覚醒してはいないらしい。阿部はゆっくりと問いかける。

「どした?」
「や、だ、」
「何が?」
「いっしょ、に、」

 一緒がいいよ、いつもよりもずっとたどたどしい声が耳に届く。
 冷房がきいてきたとはいっても、まだ部屋はぬるい空気が残っている。現に三橋の額は汗ばんでいて、前髪がはりついているくらいだ。それなのに、彼はシャツをつかむ手をゆるめない。
 珍しい、と思った。抱きしめれば硬直し、キスでもしようものなら真っ赤になる三橋が、こんな風に阿部の行く手を阻む。不意に引っ張る力が強くなって、阿部は三橋の横に倒れこんだ。ベッドが鈍い音を立てる。汗で濡れた額を拭ってやれば、真似をして三橋も阿部の前髪をいじる。

「くっついたらあちィじゃん」
「……あちく、ない、」
「それにしちゃ汗だくだけど」
「へっき、だ」
「……お前、寝ぼけてンだろ」
「ねぼけて、ない、ない、よ」

 熱を持った頬に手を添えれば、三橋は安心したように笑う。その顔にほだされそうになる自分を、阿部は何とか律した。朝練まで残された睡眠時間はあまりない。これで我慢しろ、とでも言うように、阿部は三橋の額にくちびるを寄せた。そのまま体を離そうとすると、三橋は首を振って阿部の腕を取った。

「や、だ、」
「……キスやなの?」
「違う、違くて、オレ、ねぼけてない、」

 ごまかしはきかないってことか。思惑を見透かされたのを隠すように、阿部は三橋を抱き寄せた。とりあえず三橋を寝かそうと背中に腕を回す。寝ぼけているかどうかはともかく、わがままを言う三橋はやっぱり珍しいし、そんなわがままを言われるのは単純に嬉しい。三橋が寝るまでは言うことを聞こうと思った。

「んじゃ明日やること言ってみ」
「……野球、」
「ああ……うん、まあそうだな」

 こんな答えが返ってくるのは分かっていたが、あまりにストレートなそれに苦笑する。お前らしいよ、そう言いながら、同時に、三橋がこういう奴だからすきになったんだろうな、とも考える。
 途端に三橋が身じろいで慌てだした。くっついたり離れたり忙しいやつだ。

「……あ、あべく、」
「今度は何だよ」
「あの、……聞こえ、た、」
「聞こえた、って、」

 直前までの自分の発言を振り返って、阿部はぶわっと顔が熱くなった。慌てる三橋の様子を見るに、さっきのこういう奴、のくだりを口に出していたらしい。
 言ったつもりのない言葉だからこそ、そこに嘘はない――ただ、死ぬほど恥ずかしい。
 熱い。
 とにかく熱い。変な汗まで出てきた。

「あー、……聞こえた、のか、」
「う、うん、」
「…………」
「…………阿部く、」
「……あーくそっ!」

 こうなったらもうどうでもいい。暑いのは、熱いのは、このままでも変わらない。それならいっそ、と開き直った阿部は三橋をぎゅうと抱きしめる。この状況で逃げるなんて許さない。首筋に埋まる三橋の顔は、同じように熱かった。

「……さっきの、ほんと、」
「嘘であんなこと言うかバカ」
「………ね、もっかい、言って、」
「言わねェ、ゼッテー言わねェ。寝ろ」
「言ってくれたら、寝るよ、」
「言わねェから寝ろっつの」
「……………」

 きっと阿部は顔も耳も腕もぜんぶ真っ赤なんだろう、自分と同じように。
 三橋は回された阿部の腕の強さにそんなことを思った。阿部の顔が見たくて、彼の頬に自らの頬を寄せる。そうして目が合った阿部はこれ以上ないくらい拗ねた顔をしていた。そんな顔が嬉しくて、何だか泣きたくなって、さっきの返事をすることにした。

「……オレは、阿部君、すきだ」
「…………オレだってすきだよ」

 こうやって何度も何度も、三橋をすきになるよ。
 今度は口に出さないように、小さくキスをした。満足そうに笑って、三橋が目を閉じる。これだけくっついてればさすがに風邪もひかないだろう。阿部は三橋が寝入ったのを確認して、枕元の携帯を取る。ディスプレイの電光に目を細めながら、アラームの時間を早め、静かに閉じる。今までも懲りずに繰り返してきた動作だった。





20111111/熱帯夜とアベミハ
20200726/修正



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