特別なことは何も
近所にできた大型ショッピングモールに映画を見に行った。予定が決まったのは金曜の夜。電話越しの声が数時間後には目の前にいた。少女漫画が原作でドラマがハネたのをきっかけに映画化までしたやつ。映画に興味のなかったオレはなまえが楽しんでいたからまあよしとする。そのあとはゲーセンで硬貨を数枚消した。なまえはぬいぐるみの前で千円を崩すか迷って結局使わなかった。その千円は中学生の手には大きすぎるようなピンクの財布にしまわれた。なまえの周りにはかわいいとか好きとかそういう言葉に溢れている。こういうところが男女の差なんだろうなと漠然と考える。女の子はお砂糖とスパイスと素敵な何かでできている、らしいし。それにしても、好きが多い気がする。
「あ、見て。かわいいなぁ」
そういって通り過ぎそうになったペットショップのショーウィンドウを控えめに指差す。
「おばあちゃんちで同じ種類のコを飼ってたんだよ」
目に入る色々に対してこんな感じだ。服や小物はいい例で、あてもなくフロアを歩いていると必然と彼女は半歩先にいることになる。
今度は最近流行っているトップスを試してみたいといって近くのセレクトショップへと手を引かれる。彼女はいくつかを選んで試着室に向かった。ファンシーな店の雰囲気からオレが浮いていたせいか店員に捕まらなかった。
店内の商品を物色して、さっき持っていたのより似合いそうな服があったからそれを持って彼女を待った。
彼女のファッションショーの会期は彼女の気が済むまで。もう何回か服を替えた後で、せっかくならお揃いにしたいと言い出して、そこでは一着だけ特に気に入ったものを買って、また別の店を回った。15時を過ぎたくらいに服に飽きて、フードコートへ。
麺類、粉物と並んでいる。ファストフードも重い。アイスあたりが妥当という話にまとまった。
「甘いもの好きだよね。この前もクレープ食べに行ったとか言ってなかった?」
特別好きではないけど好きなことには変わりねぇから頷いた。
「わたしも。この期間限定のやつおいしいよ。隆くんも食べる?」
なまえは有名なお菓子メーカーとコラボしたチョコレートアイスを頼んだ。それをスプーンで掬ったのを差し出される。甘い。
しばらくたわいない話が続く。今週何してたとか相変わらず
今日の映画の感想を聞かれた時は困ったが。
「ライバル役の俳優さんかっこよくて最近好きなんだよね」
「……オマエわりとすぐ好きとか使うよな」
「好きなものは好きだし。……え、何。もしかしてヤキモチ」
「あんま使いすぎるなよ」
そう言ってじっとこちらを見つめてくる。途端に居心地が悪くなる。
「それって隆くんに向けて私の口からきける好き減っちゃうけどいいの」
そんなふうに言われたら今のままでいいって言わなきゃいけなくなるだろ。