びっくりした?



 そろそろ先輩が来る時間だ。先輩は毎回シフトの開始時間ギリギリに店に駆け込んでくる。高校にバレないようにでわざと数駅離れたところをバイト先に選んだせいらしい。
 先輩は見るからに清楚って感じの黒髪ロングでメイクもほとんどしていないし、頭も良い。元ヤンが入れるようなうちの学校とは比べ物にならないくらいの偏差値の高い学校に通っている。バレたら謹慎をくらうのにもかかわらずバイトを続けているのには理由があって、獣医になるのが夢で今のうちから色々な動物を見ておきたいという彼女の立派な志に由来するものだ。それがオレにはめちゃくちゃ輝いてみえる。
 ドアが開く音がした。「今日はセーフですか!?」という声が聞こえた。先輩だ。グッピーの水槽を終えて、次はベタにエサをやりながらちらっと先輩のほうを確認すると、エプロンをつけた先輩がバックヤードから出てきた。目が合う。
「今日も頑張ろうねー」
「はい!」
「千冬くん相変わらず元気だね」
 思わず結構元気に返事をしてしまった。先輩が笑ってくれたからいいか。
「あ、先輩今日ポニーテールじゃないんスね」
「さっきゴム切れちゃってさ。うっとうしくてしょうがない」
 先輩が店長に呼ばれたから会話がぶつ切りになった。エサやりを続行しつつ魚たちの様子も観察する。これが終われば犬舎の掃除が待っている。基本的に勤務時間の半分は掃除で費やすことになる。
 対応に困る客もいなかったし、比較的平和な日だった。あらかた閉店準備が終わって客も来ないようなので店長から早く上がっていいと声をかけられた。
 先輩とは帰りの方向が同じで途中まで一緒に帰る。
「前から思ってたけど、ピアスいいよね」
「なまえさんも開ければいいんじゃないですか……先公に目ぇつけられたら困るか」
「そだね、でも」
 先輩は舌を出して指でさした。
「見えねぇとこならバレねぇよって言われて大昔に開けてもらっちゃった、ワルい友達がいたんだよね」
「えっ」
 舌か鎖骨かへそかって言われて。ご飯食べにくいし飲み物は漏れるのわかるし開けて一週間くらい腫れたし。先輩の言葉が脳に流れてくる。あの不良とは対極にいそうな先輩に不良のダチがいて、舌ピ開いてて?
「そんなに意外?」
「意外っす」
「私からしても意外だよ。千冬くんみたいな子がペットショップでバイトしてるの」
「……ギャップがあるってことで」
「私のこれは秘密ね。じゃバイバイ」
 気づけば駅の近くまで来ていて。手を振って別れた。別れ際のいたずらな笑顔がメチャクチャに可愛く見えた。先輩との秘密。一人舗装された道路を歩きながら秘密という言葉の響きを撫でる。あのスカートも折ってなくて堅そうにみえる先輩がか。マジか。

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