楽しい東京逃避行



 親が選んだ疎開先は、東京だった。
 東京、神室町のアパートの一室で、一人暮らしの引越しにしても小さいダンボール箱をふたつを抱えて少女は立ち竦んでいた。
 彼女は、望んだ形でこそ無かったものの長年の夢である上京を果たしたのである。なまえがもといた地域を束ねていた大きな組が崩壊、その傘下であった彼女の父親は小さい組織だったが組長。父は今過去のあれやこれが原因で逮捕寸前、これでは娘の自由が保証できんなどと、言う。ツテをまわりにまわって、母親と共に上京してきたわけだ。そのツテというのも日本一の東城会。参勤交代よろしく息をひっそり神室町の新しくもなく古くもない築5年のアパートに暮らしている。
 ちなみに母はお水だった昔を思い出したのか、足早に自分専用のマンションを契約して(してもらったのかも)、滅多に顔を見せに来ない。女って怖いね。なまえからも見に行かないから、実質一人暮らしである。午前中に日用品と服を詰めたもう1箱が届くはずだったのだ。しかし、1時を過ぎても待ち箱来ず。スマホで調べればもう配達が終わっているようだった。
「お母さんかな」
 合鍵を持っているのは母しかいない。なまえの荷物がこっちに届くよう手配したのも母だ。
 服はサイズ違いだし、日用品はなまえが自分で選んだから使わないだろう。理由がない。
 ……なんせ、こちらで知り合いがいないものだから他に心当たりが無い。

 学校は既に転入手続きが済んでいる。夏休みが終わるまで、精一杯ここの楽しみを見つけようと思う。こちらでどれくらい過ごすんだろうか。検討もつかないが七月某日、1万円を持った手ごとパーカーのポケットに突っ込んで、なまえは家を出たのである。
 母の濃い顔立ちと父のどんぐりアイズを中和させて受け継いだ彼女は、大都会東京でも『美人』という肩書きが通じるくらいに、眼差しは独特のかげりをもって美しく、背も高い。しかし、人とは比べ物にならないほど都会へのコンプレックスと雑草魂が根付いていた。
 目指す場所は安売りジャングル。
「東京にもあったんだ〜」
 ホームシックを助長する福山雅治の節を口ずさんだ。いる店員のタイプは違うけど、見たことのある店名に安堵。何処に行っても均一なキャラクターが溢れる店内で一人で昼ご飯をカゴに放り込む。
「明らか、やね」
 視界の端にうつった明らかにカタギではない人に気づかないフリをして買い物を続行しようとすると、さっきの人がもう一度視界をチラつく。よくわからないけどアニマルジャケットだぞ! 怖い!
 無いものは無いでいいから、また今度にしよう。時間ならたっぷり余っている。
「レジ、どこ」
「レジならあっちやで」
 黒手袋の指さす方向にお目当てのレジ。
「あ、ほんとやん」
「どいたしまして」
「ってどなたですか?!」
 黒髪テクノカット。眼帯。パイソン柄のジャケット。黒手袋。ちらっと見えたその道特有の色。とりあえずわかることは強烈な存在感のヤバい人。
「そんな驚かんでもええやん。ワシは真島や、真島吾朗。なまえちゃん、でおうてるよな」
「……はい」
 早速、お呼び出しがかかった模様。何かしただろうか。
 真島さんにしっかり背後に立たれてレジを後にした。あざっしたーっというゆるい挨拶がぼんやり鼓膜にひびいた。
「今日10時ちょい過ぎに電話かけたらしいんやけど、出んかったやろ」
「電話ですか? すみません、かかってきた覚えがないです」
「それが、なまえちゃんとこの電話線切られててな」
「は?」
「だから、電話線切られてて」
「な、なんでですか」
「なまえちゃんて鈍いなあ。…………ストーカーや」
 更にストーカーと発した声より小さく、付きまとわれとるで、と付け足した。

初出 2016
昔書いた龍如長編の一話。

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