セラピー




※(夏)←主←五

 なまえの背後にみえる室内はインクをながしたみたいに真暗だった。
 前見たときより縮んだんじゃね、などとと軽口を叩く暇も与えられず扉が閉まる。
 名実相伴ったフットインザドア。
「また泣くのかよ」
 間違いなく例のアニマルセラピーだった。
 いかにもお涙頂戴な映画を見て律儀に泣く。終わることのない濾過だ。全部先の細い漏斗にぶち込んでしまうまで彼女は一週間分怒りや悲しみを存分に溜めておいて週末に発散する。彼女はもう術師ではない。呪力に一括変換とかいっていられる立場に無い。
 ほんとは彼女のもっと深いところに泣く理由がある。五条が隣にいないと泣けない、と彼の服の裾を掴ませたアレだ。責める口ぶりでもなんでもない、事実の羅列をあぶり出した日がふたりのもとへ舞い戻ってくる。
「まだ泣くのかよ」
「泣くよ。全部吐き出せるまで」
 五条が懐かしさを引き摺ることすら許されなかった恋愛感情に裂け目を入れられた日のことだ。相手も同じものを抱えていた。
 テレビとソファしかないリビングで、彼女はティッシュを一箱空にした。それが彼女だけの特権なら、五条の特権はぐっと左半身に感じる重みを受け止めることだ。
「昔、傑のことを好きだったって言ったら叱ってくれる?」
 五条は何も言わずに彼女の背を軽く撫でた。前にも聞いた。彼女に気持ちを打ち明けたら、お返しにラッピングされないで事実が降ってきた。亡き友人へのことばは呪いに酷く似ている。誰かを幸せにするでもなく苦しめるだけだ。この恋は小さな輪廻を繰り返している。
「なんで叱んなきゃいけないんだよ」
「そうして、あたしを受け入れてほしいの」
「僕のことは」
「僕――俺にしなよって、言ってほしい」
 彼女は五条に一緒に生まれ変わろう、前を向こうと言うけれど、五条はすでに前を見据えて動いている。彼の立場と重要性がそうさせる。
 どうしたって彼女の連綿たる思いは断ち切れない。そんなことはわかっている。彼女の輪郭はあと数年も経てばとろけているだろう。それでも、五条は在りし青春と変わらない彼女が好きだった。

2020.11.14

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