共犯関係



 突如として担当が他の女に金を使っているのが許せなくなった。いやいや本彼営業だからしょうがない。とはいかなかった。乙女心の死に損ないが墓から這い出てきて痛客になる前に徐々に店に行く回数を減らした。メールも電話もSMSも着拒。LINEをはじめ各種SNSもブロック。
 ホスト狂いの女が、急にホスト通いをやめたらどうなるか。
 依存先が変わった。
 同じく金を払うだけで対価に恋愛を楽しめるサービスが探せば身近にあった。冥冥さんに給料は流れた。前に自営業に切り替えたときにお世話になって、手始めのコネクションやらにその時は大分払ったのだが、注ぎ込んだ額がそれを越えた。
 言い訳ができないほどハマった。
「そこそこいい車が買えるくらい」
 なまじ金があるからである。個人事業主になって、まだ実害のない段階での簡単なお祓いとオプションでアフターケアのおまじないもやるようになった。
「入れ込んだホストの100倍といって過言でないレベルで完璧なの。いつ会ってもいい匂いするし、独特のファッションもそういうスタイルと言われたら納得しちゃうような雰囲気で服は派手すぎず上品だし、相槌上手いし、仕事のことで一切ひいた目で見たり軽蔑したりしてこないし。――これがどーしてハマらないわけがある」
「それって僕もあてはまるね」
 アイスカフェオレが気道に直行した。激しく噎せて、五条に卓上の紙ナプキンを差し出される。
「そもそも。なまえはなんでホストに走ったんだっけ」
「恋愛という恋愛をしてこなくて、昔の友達にやれ男慣れだやれ社会経験だって連れていかれたのが運の尽き」
「普通怖くて初回でやめるだろ」
 原型を保たない現代アート系呪霊をものともしない人間に怖いものは殆どないんだよ。マジ怖いのは素顔の五条くらいだよ。自分より長い睫毛とキメが細かい肌にぞっとする。調子乗るから本人には絶対教えない。
「第一回目はさ、職業聞かれてテンパって、呪術師はさすがに場が冷める、拝み屋は言えるわけねーだろ、で『巫女』って答えたの。それが馬鹿ウケで。真面目に恋愛する気はこれっぽちも無かったから、『私が求めてたのコレだ!』って。その私鏡月で既に酔ってたんだけどな」
「いや馬鹿すぎる」
「うちら本物の社会経験ないべ。まともな判断が24、5のときに出来るとお思いで」
「一緒にしないでよ」
 ひらひらと顔の近くで手を振って否定のサインを繰り出された。ここは奢ってやろうと心づもりしていたが、割り勘にさせてもらう。
「後悔もしたけど、悪いことばっかりじゃなかったよ。ホスト経由で依頼が来たりすんだよね。あの界隈自然界もびっくりの食物連鎖起きてる」
「それは動物に失礼だ」
「うるさいなぁ、さして深くない人間関係を掘ったら出てくるもんだよ。今の食い扶持の半分はホストがくれた」
「いい話にまとめようとすんな」
「それはそう」
 くだらない話で盛り上がるなか、気づいたことがある。五条、返しのテンポがよすぎ問題。
 道すがらコンビニで五条に鉢合わせた。慣れない京都を案内させた。すぐに用が済んだから近くにあったドーナツショップに入って近況報告をしている最中だ。五条は暇なときにちょっと気を抜いてる感じがある。知らんけど。
「冥冥より僕のほうがよくない?」
 どういう対比なんだ。たしかに金はかからない。しかし、このなまえ、もはや第三次産業に従事する一個人にお金を使うことにさほど抵抗がない。いまさら悲しくなってきた。
「私と、未亡人ごっこしてくれるなら一考の余地ある」
 五条の動きが一瞬止まった。口まで持ってきたソーダを彼はそっと元の位置に戻す。
「女二人で何やってんの」
「大丈夫。五条に求めてないから」
「ああ、ダメッ、私には主人が……」
 甘い声を出して五条が身体をくねらせた。
「やめてって! ここ店内!」
 私の声は笑いが滲んでいて説得力は皆無だ。端っこに座っててよかった。ほんとネタなんでも拾うな。関西人ってあれはこういったほうがもっと面白かったってオチ反省会開くらしいし、五条もその例に漏れないのかも。
「冥冥さんは後腐れ無くてほんといいんだよなぁ。半永久プランほしい」
 馬鹿を言っている自覚はある。
「それなら僕から提案。乗り換えプランでお得にいこう」
「うんうん。なにそれ」
「デートも付き合うし、寂しくなったら電話していいし、サイコーな夜だって提供する。全部感情抜きでやってあげる」
「同伴、オンリー少なめ、アフター。おけ。それで」
 待てよ。最高な夜って。枕。
「それって、もしかして」
 レンタル彼氏。
 指名替えはまずいよ。ふっかけといて何事もないふうに頷くな。
「なまえは満足できてる?」
 深夜に見るダイエット食品のCMのような謎の圧に首を横に振って、「しまった」と気づいた。
 数日経って、履歴にのこっていた五条に間違って電話をかけてしまった。焦ってスマホを取り落として切るのが遅れた。ワンコールで繋がって契約は有効だと裏打ちされてしまう。観念した。
「付き合う前だったら出なかったくせに……」
「午後空いてるよ。今からそっち行く」


初出 2020.08.01
夢主にとっては「冥冥さん裏切っちゃう……!」の今まで通りお金を落とせないことからくる多少の罪悪感で五条と共犯です。むりくり共犯。
考えようによっては五条と冥冥さんはグルだよ。

次回があれば入れたい台詞→「お姫様抱っこっていくつなのよ、私たち」

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