本家命令



※原作で過去編が出る前に書いたものです。
※学生五条

「ねぇ付き合おうよ」
 二人だけの教室。勉強会を提案したのは自分からだった。
「随分率直ですね」
 なまえは告白を今日の天気と同列くらいに扱ってくる。たわいのない話みたいに。
「どんなに言ってもなびいてくれないじゃん。だからこれが最後だよ。俺から伝えるのはね」
 彼女は最後、というのに心底ほっとした表情を見せた。
「私にあるのは血筋と多少使える目だけです」
 彼女はいつものつれない答えを使い回した。半ば諦めていたそれが気に障った。
 崩すのはきっと簡単だけど、それが少しずつでいい、自壊するところが見たい。
「じゃ、なんで俺だけに敬語なんだよ。傑にも硝子にもタメ口だろ」
「うちは血の繋がりは薄くとも五条さんの分家なので」
 おそれ多いとでも。彼女は数学のテキストにシャーペンを走らせている。それしか見ないようにしている。
 俺は気にしないよ。でも私は気にします。この会話何回目?
「えー、じゃあ本家めーれー」
 彼女は目を瞬かせた。
「なんですか、それ」
 そしてしばらく固まった。処理が追い付いていないらしい。適当な発言だったが効力があるとは。
 そういやなまえが本家様とご学友になるからと挨拶に来たとき、彼女はかすかにその瞳を揺らしていた。震えていた彼女は親やその他諸々からの圧力の甲斐あって、本家に無礼のないように、しかし本家の意向に従うようできているのだった。
 ――もしかしてこういうのに弱い。
「タメでいいよ」
「いっ嫌です。だめです」
「嫌ってなまえの心理でしょ。これは命令だよ。やって」
 サングラス越しに目があって、彼女の思っていることが手に取れるくらいに彼女は動揺を隠せず、そこにつけこんで強制力で満たす。
「ハイ、悟って呼んで」
「……五条さん」
「悟だって」
「五条さんじゃだめですか」
「悟って呼べよ」
 語気を強めて畳み掛ける。
「……さ、とる」
 すでに弱りきった語尾がしぼむように空気に溶けた。彼女は耳まで赤くしながら俺の名前を呼んだ。
「もう一回」
「さとる、さん」
 さんが付いたけどこれはこれでアリ。なんか新妻みたい。調子づいて、またもう一度を口にしようとした。視線を合わせたまま、時間が緩やかに切れ目なく流れる。
 ふっと彼女の頬を彗星のごとく一筋つたう。
「ごめん。そんなつもりはなかったんだけど」
「ばか」
 これがはじめて聞いた彼女からの対等な言葉だった。
 彼女が勉強道具をそのままに教室から走り去っていくと、取り残された俺だけの空間がいやに気になった。
 落ちた陽になびくカーテンがうるさかった。


初出 2019
一人称予測、当たりました

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