無責任にも程度がある
「悟先輩でいいんだよ」
「昔はそう呼んだときもありました」
そう他人行儀になるなよとか今日の授業が心配になるとか五条先輩は並べる。今は二人だけの応接間の広さのほうが気になる。
「だいたい今日はマネージャーに無理やり言って作ってもらった休みなんです。かわいい後輩となる生徒のために学校にきたんですよ」
「それがさ、授業の3時間も前に来られたら困るよ」
「私は授業の打ち合わせと練習をしに早くきたわけで」
先輩と駄弁るためではない。
「五条先輩はやる内容をこっち決めとくから任せとけって言ってろくに話を通さないで」
「予定の時間に来れば、説明はすぐ終わるし練習も出来て万事解決オールオッケーだったんだよ。計算がずれた」
「当初の予定時刻の30分あとには本番がまっているんですが」
「30分できるでしょ。練習」
好き勝手言う。臨時講師として出向いた私は久々にこの五条砲をまともに喰らってペースを乱されている。
今日は私に適当な呪いをもってこさせて生徒に祓わせる、というのに戦闘術と仲間内のコンビネーションを絡めた授業だと言ったじゃないか。
この人もしかしてまともな授業をしていないのでは。
言われたとおり、低級の呪霊をたくさんと強めのを一体を用意してきたが、正直、生徒のレベルもこちらはほとんど知らない。ただ強いよと伝えられている。
参加生徒は一年生3人と聞いたが男女の比率はわからない。
わからないことだらけ。
「じゃあのこりの時間何する?」
「授業でやりたいことはたいていメモしてきたのでそれを使って空き教室で練習します」
「マジで。あの子たち適応能力高いからアドリブでもワンチャン」
「万一失敗したらどうするんですか」
「あっもう生徒に会えばよくない?」
臨時講師の話は生徒にはサプライズで、先輩は授業の時間には任務に行かなきゃならないらしい。これは仕事が入った分のシフトを私で埋めただけだ。
案内された馴染みのある教室で紹介を受ける。転校生みたいだ。
「今日は僕の代わりにテレビでおなじみ、現代の陰陽師芦屋先生が授業をやってくれるよー。はい拍手!」
五条先輩って一人称は俺じゃなかった?
疎らな拍手を浴びてささいな疑問はたち消える。OBの芦屋です、とお辞儀をしたところに一年生たちの視線が刺さる刺さる。急すぎる。なんで伝えてないんだ。
「俺、おはようテレビの星辰占い見てます!」
「これからも応援よろしく!」
虎杖君っていったかな。この子元気。明るい。芸能人の私頑張れ!
番組の最後に「急急如律令!」と言霊をのせるくらいの気持ちで式神を指の股に挟んでビシッとカメラにポーズをするのがお決まりだ。それをサービスにやった。
残りの二人にも笑顔で指差しを決める。今でこそクイズ番組に出たりバラエティで活躍の裾野を広げられたが、アイドルユニットにはじまり、数曲出して時の流れによりユニットが解散、それからソロで活動し、地道な営業とプロデューサーへの懸命な売り込み――結果、リアリティショーで使うロケ地の下見をしろだのスタジオでポルターガイストが起こるから祓ってくれだの――下積みと呼べないような下積みもあることにはあったがしかし、それなりの地位を獲得したのだ。
「めっちゃスベってんじゃん」
やめろ。痛い人を見る目はきつい。
紅一点の釘崎さんには「うわ、この人ほんとにこのキャラでやってるんだ」という視線をぶつけられる。
たぶん伏黒くんは拍手と言われたからしただけで、ほとんど私に興味が無い。もしくは芸能人に興味が無いか。
「できそうだね。あと頼む」
先輩はひらひら手を振って軽やかに教室を出ていった。
率直な感想はやっぱり五条先輩はクズ。
「お察しの通り、私はキャラを作っています。芦屋ハルノは芸名。本名はみょうじなまえ。呼びやすいように呼んでください」
ついでに生徒たちに自己紹介をさせた。私の認識は間違っていなかった。職業柄人の顔と名前を覚えるのは得意だ。
「みょうじ先生、今日は何をするんですか」
伏黒くんの冷静な発言に肝が冷える。リハやってない。アドリブを試されてる。
「五条先輩に戦闘訓練をしてほしいって言われて呪霊は用意した。情けないんだけども、その後のことをシミュレーションする時間を与えられずに皆と会うことになって。実は私の出番は三限目だったの」
呪霊は小さくしてクーラーボックスに詰めてきた。
クーラーボックスはカモフラージュになって重宝する。
……全っ然気乗りしない。
「ね、これからどうしようか」
お互いのことを知るオリエンテーションを手短にやることになった。様子見と時間潰しだ。それで楽しく1時間は過ぎたのだった。
――――――――――――――――――
初出 2019
辞めてやるよ呪術師なんかってノリですね。
呪術は陰気だから華やかな世界にいきたいといってアイドルのオーディション受けて合格して結局個性派に落ち着いた夢主ちゃん。