休/タルタリヤ
※軽く読んでください。

 最悪だ。こんな人の多いところで、何より相手の気持ちを考えずに声を荒げてしまった。
「仕事でしょっちゅう海外に行って、必要なときに隣にいてくれないし、負担を全部私に背負わせるつもりなんですか!」
 仕方がないとはわかっていても、でも、耐えられないときがある。
 緊急避難してきたお手洗いで、泣きそうになっている自分の目元をハンカチで押さえている。飛びだしてきてしまったことを戻って、謝らないと……。結婚して2年経った。日曜に恋人と過ごせるだけで万々歳。しかも今日はデートだ。夏季限定の空中庭園でランチをとって、ふたりで未来の話をしていた。今日は先日迎えた結婚記念日のお祝いにここに訪れたのだ。記念日に一緒にいられないカップルだって世の中にはごまんといる。彼は記念日のことは忘れずにリーユエの髪飾りを送ってくれたじゃない。
 ぐずぐずしていると、余計に心配をかけてしまう。そう思うものの、地面に縫い付けられたみたいに足は動いてくれなかった。
 子どもがほしいねといつか言われるとはわかっていた。たまたまそれが今日で、枕詞に選ばれたのがそろそろだっただけだ。
「あの、お連れ様がお待ちです」
 レストランの店員さんが、おずおずと私に声をかけてきた。鏡の端に先ほどから写っていたのは知っていた。ここにはいなかったとお伝えましょうかという親切な申し出を断って私はむりやり口角をあげて、席に戻ったのだった。
 食後のフルーツタルトはフルーツの水っぽさだけ感じた。

***


 それから運悪く、本来なら両手を挙げて喜ぶことなのだが、しばらくの間タルタリヤがスネージナヤのパレスで勤務することになった。私は守秘義務があるということで詳しく聞かせてもらえないのだけど、事後処理で残っていた璃月の件がやっと解決したらしい。それから彼は何度かこちらへ帰ってきていた。この前の空中庭園でのデートもそうだ。
 一緒にいられるのは嬉しい。
 この前の「私に負担を押し付けるんですか」発言については冷静さを欠いていたと謝罪はしたが、その後部屋に籠城して彼との話し合いを拒絶した。どう考えても悪手だったなと思う。普段の夕飯より遅めの時間に、控えめなノックをして彼が部屋に持ってきてくれたのは私の好物だった。私が無視をきめこんでドアを開けなかったのも、ずっと待っていてくれた。もういないだろうと思って、ドアを開けると、近くに椅子を2脚運んできて、すっかり冷めたご飯を傍らに置いて彼は本を読んでいた。そういえば結婚の話も私は固辞したのに彼はめげなかったな。諦めのわるいひとだ。
「なんの本?」
 上からのぞき込むとこまごまと線の多い字が並んでいた。
「ああ、璃月で知り合いに薦められたものだよ。彼とは親交が続きそうだから」
「そうなんだ」
「すっかり夜だけど、何か食べる?」
「ううん、平気。ごめんね」
 私の目は腫れてるし、声はガラガラだしこんな姿を晒したくなかったからさっと部屋に入った。一人で寝るのは慣れたと思っていた。

 次の日曜日が来た。この一週間、タルタリヤとはあまり顔を合わせなかった。彼は自ら進んで新兵の研修を引き受けて他にも仕事を増やしたらしかった。ともにご飯を食べる時間ではなかったけれど、それでも必ず家には帰ってきた。
 一人で朝ご飯のオムレツをもそもそ食べていると、タルタリヤが起きてきて
「育休、取れそうなんだよね」
「は?」
「来年あたりに。今上と掛け合ってて。俺みたいな立場の人間が制度を利用すれば一般人もつかいやすくなるだろ?」
「はぁ」
「何より君と俺のために」
 にかっと笑った彼の笑顔が眩しかったからこの一週間の悩みとか苦しみとか何も考えないことにする。
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