あじみ/秋声
人が書く文章の味見が好き。谷崎先生の言葉を借りると、食べるように読書す。それが身体に染む気持ちで流し込んでいく。読むのが好きで、日課にしている。

これはと気になるところがあれば、筆に墨を浸して半紙に書き留める。たいしてうまいわけでもないのに、習字にこだわっている。

毎日のノルマをこなして、昼食後、一旦解散すると私は愛しの助手さんと司書室にこも本を貪る。この仕事に就く前はいち暇潰しにに過ぎなかった読書もすっかり趣味となり、近頃は一日に三冊は読めるほど。

「汚さないでよね。借り物なんだから」
窓辺に置いてある筆を取った手が止まる。まったくの無意識だった。
「もしその本に何かあったら、僕は先生にも鏡花にも怒られるよ」
「指紋すらつけないって約束するよ」
「手袋似合ってるよ」
皮肉めいて口角を上げる徳田先生はそう言いながらも和にカスタムされた司書室で付き合ってくれていた。助手の責任感からくるものか、図書館の本の整理を手伝ってくれるし、頼りにしている。
私の“手記”を知ってか否か、泉先生が紅葉先生の本を借りるのは三時間に限ってしまった。しかも、ご丁寧に返す時間まで指定してくれたのである。何事も波風立てないのが一番。

「でもどうしても」
中央の引き出しから手帳を引きずり出して真新しい頁をめくろうとするもなれない手袋で指がすべる。
「まだあったんだ」
「んだ。こんなものじゃないよ。就任してから欠かさず続けてバックナンバーが4冊ある」
「へぇ」
「せっかくなんで見てみる?」
「君が本を返しに行くまでは暇だしね」
「はい、これが1冊目」



ものすごく古い文章です
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