旅は道連れ

これの数年後


 2階の踊り場のかげでキスしたのが始まりだった。『知っている人なら誰でも』の家のパーティーは広々としたリビングを埋める招待者の分、ケーキの余りが少なくて食いっぱぐれた。そういうとがめつい印象だが、親には角の家のパーティーに行くと伝えていたからうちに帰ってもご飯の用意がなかった。そして会場にあったのは色とりどりのお菓子だけだった。
 その場にいた知り合いはアーティしかいなかった。彼はすでに数人の友人たちと談笑していた。仕方なく私は話が合いそうな同じ年代の子たちを見つけ出して輪に入れてもらった。隅にいると大人に心配される。
 宴もたけなわ、パーティーの終わりがけにアーティが話しかけてきた。「こっちに来ればよかったのに」
「別のクラスの子ばっかりで気まずいと思った」とうつむき気味で返せば、「今日の迎えは」ってにこっと脈絡のないことを聞いてくる。
「歩き。遅くなるって言ってるから少しくらい話せるよ」
 少しとつけるともし断られたときに胸の凹みが浅くなる。
 じゃあと手を引かれた。白い壁に挟まれたせまい廊下の突き当たりを曲がると階段で、紫の絨毯が敷かれている。待って、と手すりを使って上にあがる。上の階は年長者たちの場所であり、暗に私たちが入ってはいけない場所。そこで何が起きているか。しかも今日はパーティの夜である。
 それを案じたのかアーティは踊り場で立ち止まり、縦長の窓のすぐ横に座った。霞がかっていて窓の外は青く薄暗い。壁際、彼の隣に私も座る。
「ここなら割って入ってくる人もいないだろうから」
「旅の話?」
 当時、私たちはまだスクールを卒業して数週間で、旅に出るまでまだ少し時間があった。
「そう、ボクらしばらく会えなくなる」
「あー、私が叔母さんの家からスタートするから……」
「うん。だからさー。ライブキャスターの番号交換しよー」
「いいね、そしたらいつものメンバーででも話せる」
「でもこっちはおさがりだから何人まで同時に通信できたんだっけな」
「まあ、できなくてもみんな順路的にライモンからは同じ道のはず。会えるよ」
 頭の中に地図を描きながら、会話は続く。
「じゃあ、ボクらはその手前のヒウンで会わない?」
「それって私の迷子防止のために言ってる?」
「あたり」
 いたずらっこのように目を細めてアーティはおもむろに私の肩に手を置いた。
「スクール初日に遅刻したのが何年前のことだと」
ふざけて彼の首に腕を回して、その回した方で指を二本立てる。彼の顔の近くで手のひらを上にして、ありえないんですけどというふうに目をぐるりと一周。
「えー、流石に成長した?」
「もちろんですとも」
 目を閉じて自信たっぷりに空いている手を胸に添える。瞼を開けようとした時、くちびるに重さが加わった。
「ボクも昔と変わったよ」
 距離が近い。この瞳で見据えた顔は先ほどと同じように目を細めているようで切なげだ。言葉を失った一瞬で、彼の体温がすっかり移った腕を優しく引き寄せられたと思えば、背中に彼の腕がまわる。さらに密着する面積が増える。
観念して彼の肩に頭を預ける。されっぱなしで何もよくない。
 気づかないまま、伝えないままで旅に出ることも選択肢ではあった。旅の楽しみやキラめきに比べれば、私への恋心はちっぽけですぐどこかに行ってしまう気がしている。彼がどうかは知らない。これからお互い数あるジムを攻略して、一番の相棒ができて、自然を身の芯で感じて、町々を巡れば違う人生を歩んでいる人々と出会う。私は自信がない。才気溢れるアーティから好かれることにも。挙句全然違う人を好きになる可能性は低くても、私も彼も全く別のものに関心を持って他への興味を失ってしまうかもしれない。戻ってくる頃には思いもよらない自分になって帰ってくるはずだ。希望の持ちすぎ?
 大人が世界を見てきなさいって言い始めて生まれたのが私たちの従う法則である。
「なまえは考えすぎの人だよねえ」
 アーティの手が額に伸びて生え際を撫でる。
「うるさい」
 不意に視界の端にカーテンが見えたから手前から引っ張った。ふたりしてリネンの陰に入る。彼の顔の彫りが深くなる。背中の手にカーテンを持たせた。
「あんたなんて知らない」
 両手で彼の顔をつつんで誰も見てないとか意地悪を言ってくる口を塞ぐ。 
 唇を離して見つめても、彼の瞳からは太陽と同じ刺すような光が返ってくるのみだ。出立まで残った時間は少ない。
 2階の廊下の奥のくぐもった甘い声が耳にこだました。




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