きみはなびいてくれない

 「頼まれてない!」と小さく叫んでそこから逃げ出したかった。
 友人が知り合いと付き合っているとは思わなかった。なまえと顔を合わせた瞬間、同じ疑問が頭に浮かんだのは見てとれた。なんでここにいる?
 僕が面倒事を避けたいタイプなのを友人はもちろん承知していて、「引越し」「焼肉」の単語で誤魔化したのだ。別に他人の金で焼肉を食べたいわけではなかったんだけど。人の善意を利用してワンチャン修羅場の場所に放り込まないでよ。
 結局事務的なやりとりを玄関の隅で眺めているだけで済んだ。まとめてあった荷物の最終確認が終わり、友人と荷物をレンタカーに積み込む。衣類が大半だが、2年同棲していた分、ヘアアイロンやらアロマディフューザーやらヨーグルトを作る機械やらの小型家電があって後部座席が埋まる。必需品と大切なものとまだ捨てられないもの。
「言ってくれてよかったよね、彼女と別れて家を出ていくことになった。荷物を引き取るから着いてきてほしいって」
「言ったら絶対来てくれないくせに」
 事実なので素直に肯定した。発進しようとしたところで後部座席の荷物が揺れた。座りがわるくて危ないから制止をかけて降りる。後ろのドアを開けて横からシートベルトでうまいこと固定する。
「FMと音楽どっちがいい?」
「音楽って大ざっぱだな」
 いいじゃん、あの子じゃないんだしさ。こだわりとかないよ。まぁでも音楽かけてよ。選ばせる気はないのか。サイドに置いてあったスマホとBluetoothを繋いでと言われるので、僕がするんだってツッコむ。Apple Musicのプレイリストの上から探して一番変な名前のが正解らしい。も友が失し安にう曲。これだな。
 初っ端から清水翔太が流れ始める。気分じゃないのか飛ばされて次はCoccoの遺書。
「よく隠したよね。2年も」
 日差しが目に痛くてサンバイザーを下げる。
「それだけ好きだったんだよぉ」
 ハンドルに爪を立ててぎゅっと握ったのが見えた。間違っても事故だけは起こすなと祈る。
 することもないので窓の外を眺める。微妙に生活圏が違う。名前だけ知っているフランチャイズの飲食店や大仰な名前の食パン屋、やらかしたことが全国ニュースで流れた車屋。郊外なので人も建物もまばらだった。
 なまえはひとりになった家で何を考えているんだろう。潔癖ななまえが他人と暮らすのは結構難題だ。付き合いが長い僕ですらそもそも一回も家にあげてもらったことがない。その期間の半分は同棲していたから人を呼びにくかったのかな。誘っても中々話に乗ってくれないからパートナーがいると早々に予想はついたけれど、普通に距離を置かれると凹む。絶対に6が出ないすごろく。
 彼女ってインドアだし。フッ軽なほうでもないし。それは僕もなんだけど。でもほら、僕はなまえと会えるならどこでも行ったけどな。呼び出してもくれなかったね。髪切ったの知らなかったな。
 隣の彼女はハンドルに凭れかかってこちらを見やった。
「前、前見て!」
 田舎の信号はおばあちゃんの気くらい長いから平気とか訳のわからないことを言う。
「ディタがこの前出てた劇で事故ったシーンあったよねぇ」
 彼女の目元にうっすら笑みが浮かぶ。洒落になんない。
「事故ったらなまえは悲しんじゃうからそんなのできないよ。ディタと同じで優しいから。ごめんね」
 まるで事故ってほしいと僕が思っているみたいじゃないか。
「ごめんね!? なんで?」
「なんででも」




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