Cinch

※大学生パロ

「やってんなー」
 やっぱりあんたもそう思う!?
 スマホ越しに私の声が跳ねた。スピーカーになっているらしい。
 恋愛にもセカンドオピニオンは要る。
 私にとってはペンギンがそうだった。空気を読むのがうまくて、相談事にしても冗談にしたいときとしたくないときの差をわかってくれるし、性別関係なくモテるタイプだ。
でも今回話題の中心はそのペンギンだ。
ペンギンのことをわかっている知り合いといえばシャチしかいない。ローさんは目が回るくらい忙しくてとてもじゃないが貴重な時間を割いてくださいとは言いづらい。グループラインで数回話したことがある程度の仲だったし。
シャチが話の続きを促した。私は洗濯物を干しながらことの顛末を話す。

最初は「春期に英クラで一緒だった人といい感じだけど、付き合うイメージ湧かなくてどうしよう」というのをペンギンに相談していた。彼とはキャンパスが違うのだけれど、私が選択授業でそちらに行くので週に一回、共に昼食を摂っている。「一緒にいて楽しいならさァ、それもう付き合うやつじゃん」の言葉通り、「英クラの人」とはその後交際したのだが、三ヶ月であえなく破局した。ペンギンからの「気がないなら期待を持たせるな」というアドバイスは果たして有効だったのかどうか。それを聞いたとき私は自意識過剰な気がして笑って場を濁した。
彼は優しいので、そんなことないと思うなんてすかさずフォローしてくれる。できる人間だと素直に感心した。
そこまではよかった。英クラの人、もとい元カレと別れた原因は相手の浮気で、共通の友人からのタレコミで判明した。なんとストーリーのスクショ付きで。私はバイト明けで、終電で家に帰ってきてそれを見て呆然とした。明日大学なのも関係なく、メイクを落として風呂に入ったあとも寝付けない。ぼーっとスマホでSNSを見て、カップルが夢の国でグリーティングしている動画が流れてきてさらに打撃を受けた。起きれる気がしなかったから午後に一緒に授業を受ける友達に事情を伝えてノートを取ってもらう約束をした。
数日前に私の誕生日祝いでいかにもな恋愛のテンプレートをなぞっていなければこんなに響いていない。平気な顔で遊ばれていた。抱きしめていたクッションはそいつが枕代わりにしたことがあったのを思い出してベッドの外へ放り投げた。
お昼を食べる予定だったペンギンにも連絡すると、画面を閉じないうちに既読がついた。
『誰かに話したいんだったらおれでよければ話聞くよ』
通知音がしてもう一通、メッセージが届く。
『今からでも』
メッセージを送るとちょうど日付が変わって、今日の欄に表示される。かけて数コールの間、血が逆に流れてるんじゃないかと思うくらい冷静になった。ペンギンだって明日あるじゃん。一限はないはずだけどたしか二限からだ。
「おーおー、大丈夫かー」
ペンギンの声が聞こえた瞬間、ほっと力が抜けてひとまず電話を繋げてくれたことに感謝した。言いたいことを全部吐き出したら、次にどう前向きに別れを切り出すかを話し合った。それがひと段落して、何気なく世間話的にペンギンはどういう関係性が理想なのか質問した。
「そうだな。友達に近い、なんでも気兼ねなく話せる関係。今こうやって話してるみたいな」
ちょっと泣いていた私は爆弾発言で涙が引っ込んだ。失恋中の人にそんなこと言う?
昨日の今日で思い過ごしと自分に言い聞かせてペンギンと学食では楽しく話せた。奢りたかったのに断られた。
ネイルを褒められて今まではありがとうで流せたのに返しがワンテンポ遅れた。


絶句したのはシャチも私も同じである。
タメ口で話しているせいもあって深く気にしてなかったけどペンギンって先輩なんだった。公平に接してくれる先輩を勝手に意識しちゃってる後輩。やだ、あまりにも勝ち目がない。シャチは可能性あるのかいやどうなんだともごもご呟いている。
好きになったら理想の関係じゃなくなるから、相手の好みから外れるわ友達じゃいられないわで最悪だ。SOSのひとつやふたつ口から出ても全然おかしくない。
「サークルが休みで会わなかった二週間そこらでなんでそんなことになってんの。ほんとに」
ペンギンはこれまで落ちなかったのが不思議なほど沼だった。これまで何人が沈んで帰ってきたのはいるのか。付き合った子はいたのか。
「今度大学終わりにインディーズのライブ行くんだよ。もうチケット取ってて。どうしたらいい? 相手からしたら私は女友達で、私からしてもただの友達なんだよ」
「そこ好きなバンドが一緒かなんかで繋がったんだったか。うわ頑張れ。それしか言えない」
「もう代わりに出席票出してあげないから。この薄情者」
「その場にいたわけでもなし、ペンギンがどういうトーンで言ったのかわからんからアドバイスしづらいんだよ」
「あの通話でさ、あだ名じゃなくて名前で呼ばれたの。普段そんなことしないのに。偶然だろうけど」
「なにその情報? もうアイツのことわかんない! 別に女子みたいに誰とどうとか詳しく色恋の話しないし」
藁にもすがる思いとはこのことだった。ペンギンは一定の距離を保つのがうまい。過去の恋愛談を知っていそうな人間が少ない。
「好きなタイプとかどういう服装が好みとか知らない?」
「露出増やせば?」
「こちとら真面目に聞いてんだぞ」
「……あのな、本気ならいいけど。正直仲いい奴らが色々あんのは微妙」
しばし沈黙が訪れる。シャチが長いため息を吐く。それとなく聞いといてやるからと宥められてその日の通話は終わった。
毛布の中で丸まって、眠れるまで私を励ましてくれた人のことを考える。好きにならない自信がない。たとえ隙につけ込まれていても、その場その場で相手が望むものを出せるのは才能だと思う。
何はともあれ上手くいくよう祈っとく。シャチには気を遣わせてしまった。友達の線を反復横跳びして結局どこに落ち着くんだろう。嫌われたくないから友達以上にはならないでいいとは言えない自分がいる。




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