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 彼女の名前をちょっと自分でも笑えるくらい間抜けな声で呼んだ。ディタが振り返る。左右にわけられた前髪がふわりと揺れた。
「もう電車止まったよ」
「とまりだね」
 ディタが窓サッシに手をかけた。雷鳴が彼女の額を割って雫をちらした。映画のきれいなワンシーンだ。
「風呂入ってきていい?」
「え、送ってくよ」
「とまりでしょ、なに言ってんの」
 思い当たる。泊まり。高校生以来だ。はしゃぐひまもなく、風呂場の扉が閉まる音が耳に届く。あいつパジャマ持ってきてないじゃん。
 仕方ないから、できるだけ着崩れていない服を見繕おう。タオルはさっき畳んだのにもう出番。
 クローゼットを開いて後回しになった衣替えに憂鬱になった。数枚引っ張り出して、綿の黒地にドットの踊る上下を選んだ。通気性の良さは抜群だからこれでいいかな。待って。これなら身長差をカバーできそう。袖口が折り返されている淡いピンクのロングガウン。丁寧にハンガーにかけられている。普段のディタなら絶対着ない。うちにこれ以上にぴったりのものはない。
 それをタオルの下にそっと重ねた。
 スピーカーからスポティファイで交錯する、おすすめのスパニッシュパンクがリビングを闊歩する。贅沢に雨音と共演している。ディタにトルコの音楽を教えてもらった翌週から私のスプレイリストは文明開化の一途をたどっている。
 私たちの夜がようやくはじまろうとする。ご飯はピザでもどうですか。ネットでメニューを眺めて二枚目半額の文字に惹かれる。
 狭い浴室に私の名前が響いた。
 だめだったか。

『雷雨』
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