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さきほどから、道を端から端まで往復している女の人がいた。こんな田舎に観光客だろうか。トランクケースをひいている。一日一善。普段はそんなことしない。
スマホ片手にときおりそれを眺めて、左右どちらの道に曲がるのか本人がよくわかっていないみたいだった。私は人を待っていてまだ予定の時刻まで時間がある。要するに暇で声をかけた。
あの、と差し出された画面には、近くの市民ホールの住所が地図アプリ上に示されていた。ここは歩けない距離じゃないけれどバスに乗ったほうが早い旨を伝えた。日本語わかんないかもと、自分のスマホでグーグル翻訳を起動したが、必要なかった。ありがとう、ときれいなお姉さんが少し照れたように微笑んで、こちらもなんだか恥ずかしくなる。
控えめに手を振って別れた。お姉さんが最寄りのバス停と反対の道を歩き出そうとしたので慌てて駆け寄って、「あっち」とここらへんで一番高いビルが見える道を指さした。美人のぽっと照れた顔が見られたので得をした。
心配だったからバス停が視認できるところまで着いていった。こっちにはお仕事で来ているんだって。道中お土産は百貨店に行かなくてもほぼ町の中心部の駅ナカで同じものが買えるとか要らないかもしれない知識を披露した。
私はその駅で働いている。運が良ければもう一度会えるかもしれない。
『見覚えのある、』