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玄関が開いて家に人の気配が増える。
あっ。部屋干ししたままだ。せっかく人が来るのに恥ずかしい。
「ただいまスイーティー」
「おかえりベイブ」
月一しか帰ってこない恋人とはいかに。こんな軽口をたたくのも、わたしにとっては彼女ひとり。
テレビのリモコンを所定の位置に片付けながら声だけで出迎えた。
「なにこれ。のれん? これ、***と僕が好きなケーキ」
ディタがペラっとめくった布は私のTシャツだった。午前中に干したし、さすがに乾いているだろう。ワンルームは狭くて、物干しラックを置くと圧迫感がある。そこで考えたのが、無駄にオシャレな天井の照明器具の腕木にロープをかけちゃえ作戦だった。ロープは短いのをドンキで買った。
「洗濯物! ごめん、今すぐ片付ける」
「えっ、外から来たのに触っちゃった。ごめんね」
ディタが謝る必要なくない? めっちゃいいやつ。ディタが今度は洗濯物に当たらないようにと身を屈めて通行するのが申し訳ない。急いで洗濯物をおろして風呂場の竿にかけた。
ディタはキッチンで手を洗って、ケーキを猫の額ほどのキッチンカウンターに置いた。
「この部屋シュールになったなぁ」
彼女が前に来たとき、わたしはブランケットにはまっていた。ニトリで数千円で買える。季節の変わり目にいちいち毛布をコインランドリーで洗うのが手間だった。ブランケットなら数枚あれば暑さ寒さの調整が簡単だし、家で洗える。楽ちん。
棚の収納ボックスには色とりどりのブランケットが入っている。気分屋にちょうどいい。
ずぼらなんじゃなくて暮らしやすさをわたしなりに追及しているだけなのを最初にわかってくれたのがディタである。それだけでなんかもう好き。近頃はインテリアを見るのがたのしいと報告したら一緒にイケアに行ってくれた。そこでさらに誕生日もうすぐだったよねと言われたのでときめいた。センスのいいアロマキャンドルのセットを選んでくれて下手なサプライズよりも感動した。
それは大事に取ってある。今年中には使う。
上着をハンガーラックにかけて、クッションに座ったディタにわざとらしい深呼吸で開会を宣言する。
「おもちを食べる準備はできてるかー!!」
おー、とまばらな拍手とともに彼女はわたしにほほえましいと言わんばかりの目を向ける。
個包装の大量のもちは親戚から実家に、その一部が実家からうちへ届いた。食べ物ならいくらもらってもありがたい。毎食餅は太るけど好きだから食べてしまう。
今回の、一緒に増量キャンペーン、もとい幸せのおすそわけにはわたしから誘った。冬を乗り切るために養分を蓄えるんだよ。
もちパと仮称された定例会は、特に目新しい話もない。ディタがこたつを買い直せと催促する。ここにもテーブルクロスとして厚いブランケットが活躍する。
「おこたは自堕落の象徴だから買わない」
懸賞で当たった小型のオーブントースターのコードをソケットに挿した。
「いっつもこたつでみかん食べながら、編み物してたじゃん」
「みかん食べすぎて手が黄色くなったからやだ」
「それこたつ関係ない」
「おこたに常駐するからみかん食べるんだよ」
「諦めてこたつ買ってビタミンC摂って」
机にオーブントースターと調味料、紙皿を並べた。オーブントースターにもちを入れてタイマーをセットする。
あと独特の匂いを燻ぶらせるハーブはディタが持ってきてくれた。
紙皿は雨で中止になったお花見ピクニックのために用意したものだ。なんと30枚ある。砂糖、塩、醤油、海苔などなど、紙皿に各自好きなだけ盛った。
面白いテレビがないからと言って、ディタとたくさん話す口実にした。ほんとは口実なんていらないくらい仲がいいけど、たまに正面から話すのが気恥ずかしい。
紙とペンを用意して、もちと各調味料との相性をまるばつさんかくでつけていく。
皿はもちをのせると熱でふやけてしまった。次をのせる皿のふちに落書きする。
『もちパwith***』の文字と今日の日付。
もちがそこにのせられた。焼き目がついて表面がぱっくり割れて湯気が立っている。
醤油をかけると、七色の油がくるりともちの谷を一回転した。じわじわ涎がたまってくる。
しばらく夢中で食べた。マリアージュを探して冒険した。
冷蔵庫にあった粉チーズをかけたら案外イケた。
選び抜いてわたしは砂糖醤油、ディタは焼き海苔とレモン塩が好みだった。レモン塩ってなかなか粋なとこを突く。一番面白かったのは、自分で持ってきたのにハーブはあんまり合わないと瓶をそっとバッグにしまった事件だ。
もちを食べ終わって、テレビを点けた。バラエティの笑い声のSEがしけていてすぐ消して、ネトフリのドラマの批評に話は移った。
気になっていたドラマをスクリーンミラーリングして暇つぶしに見る。わたしは主人公のモノローグ中にメイクを落とした。ひとシーズン先の軽いネタバレという意地悪をされた。ディタは展開を知っていたらしい。言ってくれれば別を検討したけどなあ! 物語の不運と裏腹に期間限定のチーズケーキがうまかった。ベリーに外れなし。
どんなに楽しくてもいったん別れないとまた会えない。見送りでエントランスまで降りた。
「そのコートかわいい! どこで手に入れたの」
「古着屋。リバーシブルなんだよ」
彼女のコートが翻る。
外気に身震いした。それを目聡くみつけて彼女は風邪ひかないでよと釘をさした。
片付けがおわったくらいに彼女がいつ撮ったのかわからないが、会の写真をインスタにあげた。
このパーティの間、ディタはわたしのものだったぞ。こどもっぽい誇らしさがせりあがってきて必死に胸に閉じ込めて、心頭滅却シャワーを浴びたのだった。
「風呂場に洗濯物あるんですけど!?」
思い当たるまでになんでと自問自答したのがあほらしかった。
『おもちもちもち いい気持ち』