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「そうめん流し機て」
学習机を占拠していた箱を手に取る。片手でギリギリ持てない。箱の説明書きを眺めいたら、ふと思いついた。電球が光ったのが見えた。防災用に単二乾電池を買って余っている。
ラインの無料通話は役に立つなぁ。最終履歴が二ヶ月前。ゴールデンウィークに暇で通話したっけ。
「今日、暇?」
「何、いきなり」
切ろうとしたところでつながった。
ヒト科おそらくスマホにあまり頼らない属。
のんびり暮らしたい思いが常々頭の片隅にあって、都会に住んでいる時点でまー難しいことではあるが、ディタといると、時間を忘れて楽しく過ごせた。
私が求めていたものは一緒にはしゃげる友達だったんだなとついこの間思い当たったのだった。……相手も同じ気持ちだったらいいな。
「そうめん流さない?」
会話がぶつ切りになる。そうめんだよ、今日七夕だよと冗談をいうみたいにたたみかける。
ちょっとの沈黙がなぜか今日はこそばゆくて、机の上の箱を指の爪ではじいた。
「それデートのお誘い?」
「そうそう」
ディタはたまに鈴が鳴るみたいな笑い方をするのがずるい。
「僕はプラネタリウムの当日チケットを持ち合わせてるけど」
「もしかして」
「めちゃくちゃ偶然」
「だよね、安心したわ」
いつでも思い立ったときにかける仲なのだ。ディタも私も都合が悪ければ通話を切って簡単にスタンプを送って終わりだし、気楽だ。何かの機会にお店で友達を交えて話しただけのきっかけが、長く続いている理由もそれなのだろう。
「これからそっち行っていい?」
「了解」
またあとで。軽快な返事とともに電話口の気配が消えた。ディタは別れ際の挨拶がうまい。
彼女が私を忘れないように定期的にかけている。どうしてか朝起きてふらっと彼女のやさしい声が聞きたくなる。
一度、彼女のお姉さんが出てどきっとした。
ディタにそのことを話したら姉の「ライチさん」とのツーショットを自慢げに見せてくれた。いいお姉さんなのだなとなんだかあったかくなった。
午後の予定が埋まった。むずがゆい嬉しさがむくむくと湧いてきた。ぐっと伸びをしてそれを誤魔化して準備をはじめる。ディーンアンドデルーカのトートバッグにそうめん流し機が入らなくていらっとしたが、この後ディタに会えるのはこいつのおかげだしなと気分をあらためて、駅の人混みを歩くから恥ずかしいがこれは腕に抱えていくことにした。
去年海に行く予定で買った、機会がなかったワンピースを着たっていい。ディタはそこそこ人に似合っていれば気にするタイプじゃない。彼女だっていつもはかっちりした服を着ているけれど、私と会うときはもう少しゆるいみたいだし、それでいい。
私は彼女の気の置けない一面を知っているままでいたい。
『七夕』