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※ディタさんは名前だけ出ます。
※piggyちゃんとお話しするだけ。


 私の部屋は何もかも茶色で固めてあった。
 私は風水に傾倒している。占いとかスピリチュアルなものにはまる人は世間的に相場が決まっているが、私は実家から引越すときに、なかなか家具の統一感を出すのに手間取ったので風水に責任を取らせたのである。さすがに他人の生活にまでは口を出していない。弁当の中身は茶色だと揶揄されるが、ブラウンのインテリアはなるべく品のいいものを選んでいるせいか、私の部屋に上がった人はたいていシックでオシャレとかあたりさわりのないことを述べるだけで終わる。
 電車に揺られながら出勤する。エレベーターに同じような格好の男女が数組。高層ビル内のオフィスの外には駅前の広告にモデルルームがすましている。生活感のない部屋を値踏みして、うちとたいして変わらないことに不安を覚えてその日の帰りに花屋に寄った。観葉植物がベッドサイドに彩りをくわえた。
 まぁ日常にはまったく変化が訪れない。外食して帰ってきたらシャワーを浴びて香水の残り香を排水溝に流し、魂を濾過した気分になり、寝る。
 年単位で会えていない友人と久しぶりに遊ぶ約束をした。ラインで待ち合わせ場所をきめて、返事を待つ。相手から風呂に入ってくる、とメッセージが来たからわたしはクローゼットの内側についた姿見でファッションショーをする。学生時代よりはずいぶん落ち着いた色味で間違いなくこの服たちの優先事項は仕事、ラベリングに甘んじた自分に、不思議と嫌気はささなかった。
 休日の渋谷はごった返していた。
 ぴぎちゃんは相変わらずブチアゲなギャルで、いまはセレクトショップの店長をしている。有線で浜崎あゆみを流す店内にて後輩のギャルたちの相談に乗るのが性にあっているらしい。この前はYouTubeの名物店員紹介動画に出てその日のファッションと現在のトレンドの解説をしていた。彼女は次々新しいことをやってのけて私にはちょっと眩しい。服のことはぴぎちゃんに任せておけばなんとかなる。
 ぴぎちゃんとは高校時代からの仲だから、彼女の口から「演劇」という言葉をきいてすぐには、それが彼女と結びつかなかった。
 初心者でも楽しめるし、内容に関して予習は不要と言われたせいでコメディ路線なのかと思っていた。席に空きがあったというだけで選んだコーヒーチェーンで、チョコレートフラッペを飲みながら、渡されたフライヤーに目を通しつつ、あらすじの戦中という文字が頭の中で明滅する。
「あのニュースとかで噂に聞く2.5次元っていうの? テニスとか刀とかみたいな。戦中で庭球はやらないか……」
「テイキュウ。あー違う違う。アニメとかはカンケーないふつーの劇団。あたしの知り合いが劇団に入ってて初日は席埋めたいから協力してって頼まれた」
「あらすじ読むかぎり、真面目な話っぽいんでついていけるか心配なんだけど」
 見ている間にお腹空くかもしれないと機転をきかせて、カロリーの高いものを頼んだのだが、ベルギー産チョコレートが結構喉にくる濃厚さだった。とりあえず、空腹で劇に集中できないことは免れた。
 ぴぎちゃんはフライヤーを裏返して、その小麦肌に映える長くて白いネイルで主役の将校さんを指さした。
「はいからさんが通るを読んだことがあったら大丈夫って言ってたよ、知り合いってね、これ」
「えっこのキレーな外国人?」
「そ。最初は3人くらい呼んでほしいって言われて、まぁできなくはないけど、ウチらって目立つじゃん? 劇場の雰囲気壊したくないし、他のお客さんがウチらを気になったらヤダなーって思って***のこと誘ったんだよね」
「そうなの? 私で協力できるならいつでも言って」
 ぴぎちゃんの心遣いに少し胸が熱くなる。私も将校さんもこんな良い友人がいて幸せ者だなあ。ところで、私は適当にアイロンをかけたシャツに紺のロングスカート、膝丈のコートの格好で正解なのだろうか。ここ2年くらい着回し続けているんだけども。
 話しているとあっという間に時間が過ぎていて急ぎ足で会場に移動する。
 ぴぎちゃんがチケットを引き換えてくるといって、わたしはロビーのくすんだベルベットのソファにひとりになった。ぴぎちゃんの後ろ姿をみて不思議とミニスカートの高校時代がだぶらなくて、過ぎた年を片手で数えてみたら、一度折った指を開かなくてはいけなくてうっすら肝が冷えた。フラッペを飲みながら私は高校生の気分に戻っていたらしい。
 受け取ったチケットに印字された列をめざしながら、わたしは高校生から社会人にゆっくり針を巻く。ぴぎちゃんに仕事の話を振られたからだ。たぶん、ぴぎちゃんも劇の内容はよく知らないんだと思う。
 照明が落ちた。大人しく雰囲気に呑まれて、話の糸口をつかみ損ねる。
 時計の針が進むごとに、観客が増えて近くの座席は影が盛り上がった。
 わたしたちは、ロビーのソファとよく似たかたい感触を受けながら、空調が効いているような、いないような、ぬるい空気のなかでじっと幕が上がるのを待っていた。
 老婆の足取りと同じ速さで幕が上がった。水鉄砲みたいな一瞥が私に降りかかった。私の息を呑む音がぴぎちゃんには聞こえていたんだ。
 


『アルトラ』
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