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 こんな所にいた。
 二度見して確かめた。いる。
 いる? いるじゃん。本物だよ。あんなかっこいい人が二人もいたらコワいもの。
 私が頼んだパスタから湯気がのぼって数度頬を叩く。フォークを持った右手の重さがなかった。くるくる麺を巻きあげているときの食器のこすれる小さな悲鳴が、もしかしなくても、ファンの境界線を少し越えた(いや、全く越えていない)好意の産声だったんだろうな。好きで追っている俳優の、日常が垣間見えたのが嬉しかった。それだけのことを一週間も一ヶ月も思い出してはふにゃっと真面目を装う顔をくずした。
 同志の友人たちが先日飲みで推しの生年月日しかわからないと嘆いていた。なにかしらのSNSをやっているならそれは喜べとひとりが私の脇腹をつついた。そのアカウントはめったにうごきがないのでいつ消えてもいい覚悟はしている。
 まちで見かけたのは間違い探しが難しい店が、最初で最後だった。私はなにを諦めずにまた同じパスタを注文するのか自分でもよくわからなかった。
 その人と関わる気は毛頭なくて、わかるのは壇上とは異なる輝きをみせる銀髪をもう一回こっそり眺めたかったこと。ううん、現在進行形の肥りそうな願望。
 週末は彼女のきれいな瞳をイメージした翡翠色のマニキュアで爪を覆う。塗るのも乾かすのも面倒だし、夜には落とすけど彼女を考えている時間が私には必要で、上司の起伏ある機嫌の波に揉まれているとき、データ上の書類と格闘した後目薬をさしているとき、会社にいる間に土日の爪が平らなちょっと血色の悪い爪にだぶって見えると私の努力も無駄じゃないと思う。
 もし彼女がアイドルで握手会があったら、絶対この手首はもっといい香りがした。
 人の好意を一手に引き受けるの、そのつもりがなくても結構つらいんじゃ。私はいつも身勝手に彼女のことを考えている。ファン心理にお世話になっている。食べかけの卵サンドを片手に休憩が終わりかけていそいで口につっこんだ。また仕事に戻る。

『ステージ』
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