「好きだよ、士郎くん。愛してるんだ。」


知ってるよ、今の君が僕のこと本当に本気で愛してるのも、本当に愛してる人がいることも。

彼が僕の生活に関わりあいを持つようになってから僕の生活は一変した。ぼんやりした薄い影が漂っているようなつまらない生活だった。あれほど、僕の人生を捧げる気でいた…いや、人生の半分くらいを捧げたサッカーが僕の目の前から消えてなくなった。せっかく手にした日本代表も、こんな身体になったからには引退せざるをえなかった。

僕の背中にまわった腕は、サッカーを僕とは違った理由で離れたのに変わっていない気がして、がむしゃらにサッカーを楽しんでいた頃を無条件に思い出させた。

暖かい腕の中で、目を瞑っていたかった。誰かが不幸になってしまうのはわかっていたのにこの暖かさに甘えてしまいたかった。

電話の線も、携帯の電源も今夜だけと思って今日はもう落としてしまった。


「愛してるよ。」


ゆっくりと、シーツに近づいていく僕の背中は完全に彼を許して力がぬけきっている。


もうろくにサッカーなんて出来なくなってしまった僕の情けない足に彼はキスしてくれる。だんだん抵抗がなくなって習慣ずいてきている自分が泣きたくなるほどこわかった。

彼を手放したらどうなってしまうの?

童話みたいに可愛いお姫様のキスで王子様に戻ってしまったら、呪いが解けたら、もう二度と寂れたお城には顔を見せてくれなくなってしまうの?

王子様に魅せられた哀れな魔女はどうしたらいいの?


お姫様の味方の振りを笑顔でしつづけなければいけないの?



『あ、……ぅ、あっ』

『綺麗だよ、士郎くんは……っ、真っ白で綺麗だっ、』


全部が幻聴に聞こえるよ。
もうただのコンプレックスでしかなくなってしまった僕の身体を綺麗だなんて、そんな優しいキスをくれて。


『ーヒロトくんっ、ぁ、あぁっ』


身体が知らない痛みに拒絶するのさえ愛おしいと感じる。


死ねるなら、もし死ねるならこの、アヒルの呪いにかかってしまったこの人の腕の中で今、死にたい。

幸せな、今のうちに死なせて欲しい。

それがかなわないなら、愛に満ちたその腕で殺して欲しい。


哀れで惨めになったこの僕の身体を今、手に入ることのないはずのこの腕で締め殺してはくれないだろうか。


呪いが一生解けなければいいとさえ思う。僕の命はここで尽きることはない。こんなにも、残酷な事ってあるだろうか?

偽りの愛だっていい、本当の彼が他の人を愛してるだなんて百も承知だ。


本当は、このベッドを狭く感じさせてくれる人を求めているだけの僕の強欲を、今のこの人は包んで愛してくれているんだ。


すべてが夢であったらいいな、と僕は思う。僕がサッカーに触れられないのも、彼に触れて僕も彼に触れられているのも、彼の恋人からの近況の報告の催促も、彼のアヒルの呪いも。



僕は本当にバカな子です、お父さんごめんなさい。僕はまた、不完全になってしまいました。お母さん、ごめんなさい僕は人の痛みを無視するいやしい子です。

アツヤ、ごめんね。やっぱり僕は一人ぼっちだ。小さい頃に二人して見たアニメを覚えてるかな?一人ぼっちのゴミラが、自分の能力で友達ができるんだ。とっても優しい友達が。僕は、足が使い物にならなくなってから思うよ、ゴミラはゴミを食べられなくなっちゃったらどうなるんだろう?ってね。ゴミラは必要とされなくなって、また一人ぼっちに逆戻りしちゃうんじゃないかな?

そんな時にね、ゴミラが大好きになる子が現れたらどうなるかな?ゴミラはきっとその子に縋り付くよ、その子の家族や友達が遠くで悲しんでても、ずっとそばにいて欲しいって。


でも、もしかしたらゴミラは孤独に堪える勇気をもっててその子を家族のもとに帰すかもしれない。そしたら、偉いね。

お兄ちゃんは、そんな勇気もってないから好きになってくれる呪いがかかったこの人をもとの居場所に帰すことなんてでけないけどね。

あぁ、早く四人で暮らせればいいのに。アツヤ達に会いたいな。

もう、一人は苦しいよ。


「士郎くん?どうしたの、今日はやけに甘えただね?」


優しい声が、耳にこもるんだ。


お願い、神様もしも今この時に死なせてくれないなら、この人のアヒルの呪いをどうか解かないで。

どうか僕を、世界を知らないアヒルのお母さんのままでいさせて…






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