「ちゅーするんじゃなかったの」
かわいい耳を両手で押さえつつ、キッと上目遣いで俺を睨む吹雪くん。まず、怒られました。でも、この怒りはフードを脱がせたことに対してなのかキスしなかった事に対してなのか、どっちなのか。いや、できれば後者がいいな。
「ごめんね、君のコト騙すつもりじゃなかったんだ。」
「…騙してるじゃない。」
頭を抑えたままむくれる吹雪くん。あぁ、かわいいな…キスしたいな。まだ、してあげないけど。本当は今すぐ抑えてるその手を引き剥がしてそこがどうなってるのかじっくりみてみたいけど、そんなことしたらまたこわいんだろうな。そんなところもいいんだけど。
「なんで、隠すの?」
「…なんでって、それは…」
頭をおさえたままうつむく吹雪。うつむき加減で、伏せめがちになった吹雪の睫毛が長くて、じーっと答えを待っている間にもムラムラして、触りたくて仕方がない。
「……恥ずかしいから。」
「恥ずかしいの?」
ゆっくりと蚊のなくような声で呟いた吹雪に対して、急かすみたいに素早く恥ずかしいのかと尋ねたヒロトに対して吹雪は、ほんの少し殺意が抱いた。
そんなものは、聞かなくたってわかるはずなのに。自分が同じ経験をしたら、ヒロトだって吹雪には隠し通そうとするはずである。それに、こんな近距離で自分をまじまじと見つめているヒロトだ。おさえている手をはずそうものなら、舐めるようないやらしい目線で羞恥に耐えきれずやめて欲しいと吹雪が懇願しても観察をやめるはずがない、と吹雪は悟っていた。
しかし、吹雪のそんな警戒心がますますヒロトの好奇心を揺さぶりかける。
少年期におとなしく、大人に好かれるいいコちゃんだったヒロトはたった今、他の少年たちが出会っていて自分は見て見ぬふりをして通りすぎなければならなかった小動物を発見したときのあの、いじらしさや子憎たらしさが相まいながらも、自分よりも弱い他の生物を愛する教えを守ろうとする気持ちとが混濁した感情が芽生えてうずうずしていた。
あぁ、その手のしたはどうなっているの!?
お願いだよ吹雪くん、キミのそこを俺にだけ見せて!!
こんな気持ち、初めてだ。知らずしらず無意識に、本能からくるその感情にヒロトは胸の高鳴りを抑えきれない。それでも、自分の感情を押し殺さなければいけない、という小さい頃からやってきたストッパーがヒロトを阻む。
今のヒロトはまだ、優しいヒロトくんの表情をしている。
「恥ずかしがらなくったっていいよ、笑ったりしないから。」
子供をあやす様な暖かいトーンの声いろ。
「笑わないのは、わかってるけど…」
引っかかってはいけない、吹雪の警戒センサに反応しない様にゆっくり、ゆっくり歩み寄る。
「見せて欲しい…」
「……、」
うつむいたままの吹雪を覗き込む。飼い主に甘えこむ子犬のように。ヒロトは、学習していた。吹雪が、人の弱さに弱いことを。同じような痛みを知っていたからこそ。だけれど、今回は違う。吹雪の弱味に付け込もうとしているのだ。
「だめかな…?」
しゅんとした表情。この表情に吹雪は弱い。他人の悲しそうな瞳は吹雪の胸を締めつける。どうにかしてあげたい、自分の出来ることならなんでも。
「俺には、見せてくれないの…?」
しかし、はまってはいけない。全部ぜんぶ、ヒロトの仕組んだ罠なのだから。
「………ちょ、ちょっとだけだよ?」
「…うん、ちょっとだけ。」
センサは故障してしまった。