成長痛(4)
涼一はいいの、と聞いたあと、僕が頷くのを確認すると焦れた時間を消化するように唇を合わせてきた。むしゃぶりつくようなキスに脳も腰もどろどろに溶かされ、僕はすぐに立っているのが難しいほどくたくたになってしまう。
「んっ……は、ふぅ……っ!」
「大丈夫……? 苦しくない?」
「ん、くるしく、ない、もっと」
「うん……」
それでも全身を預けるように涼一にしがみつき、ほんの一ミリの溝さえ生まないようにと唇を貪る。涼一は引いているかもしれない、少なくとも困惑はしているだろうに、僕に応えてくれる。
「んぅ……っ」
「洋二郎、部屋いこっか……?」
「ううん、いい。ここでする」
「でも……」
「むりまてない」
たぶん僕は、産まれてはじめてこれほどにわがままを重ねているだろう。
しかし涼一は兄の威厳を持ってそんな僕を叱るのではなく、なだめるように抱きしめながら、そのまま壁沿いに配置された大きなソファまで僕の四肢を運んでいった。もはや力を失った僕はとろとろのまま、涼一に導かれ背中からソファに飛び込む。
「涼一、これ脱いだ方がいい?」
「ん、いいよ。俺が脱がせる」
「じゃあ、涼一のは僕がやる」
「ありがと……」
しかしお互いの服を脱がせ合う時間さえも今の僕たちには障害に思え、僕は涼一の、涼一は僕の制服のボタンをそれぞれ外しながら、合間に歯がぶつかるほどのキスを繰り返す。涼一は普段、あんなに優しいというのに今の振る舞いはもはや横暴なほど荒々しく、だから僕も溜めこんできた欲求を思うさま発散させられる。
涼一はすでに濡れている僕の下着に手をつっこむと、先走りが溢れる性器を握りこんでさらに息を荒くした。
「わ……すごい、ぐちゅぐちゅだね、洋二郎」
「う、うぁ……っ!」
「すごい、うれしい、かわいい」
涼一が少し舌ったらずに並べる言葉は子供のもののように、込み上げるものをそのまま率直に伝えているようで真っ直ぐ心臓に響いた。僕はズボンと下着を脱ぐと足をあげ、ひざを胸元に引き寄せ恥部をさらけ出す。
「りょ、いち」
「ん……?」
「こ、こっち」
手を伸ばしてつかまえた涼一の指先を、後ろの窄みへ持っていった。涼一はあんなに興奮していたのに、熱い蕾に触れた瞬間今いちど慎重に僕を見据えた。
「いいの……?」
「ん、いい」
「すごく、大変なことなんだよ?」
「知ってるよ。今日保健のビデオでも見たもん」
「……」
「なに?」
「……でもね、ビデオで説明されるより、実際はすごくつらいしもしかしたら洋二郎を傷つけることになるかもしれないんだよ」
「いいよ」
「よくないよ、そんなの……」
「だってね、僕考えてみたら、傷つけられたことって一度もないんだよ」
僕が涼一への愛情を自覚したのなんて生きてきた年月のうちのごく最近のことだ。しかし涼一はずっとずっと前から、同じ泥にまみれ、それでいて僕に苦しい素振りを一瞬も見せなかった。だから僕はどこまでも平和に、ばかみたいに幸せに生きてしまったのだ。それどころか無神経な振る舞いで涼一を傷つけしらんぷりしていたことだってあっただろう。
「涼一も僕のこと、傷つけていいんだよ」
血も細胞も分けあったのだから、同じ分だけ傷ついてもいいだろう、そうするべきだ。
それから涼一の指が奥まで入り込むまでには多くの時間を費やした。指の本数を増やすにはさらに時間をかけ、ゆっくり、ゆっくりと涼一の指が狭い部分を押し広げていく。ぐりぐりと動く指に合わせ荒れる呼吸に、涼一は逐一反応する。
「ふ、ふっ……!」
「痛くない? 大丈夫? いやだったら言ってね、やめるからね」
「や、やめるの……?」
「うん、洋二郎が痛かったら俺も気持ち良くないもん」
「だ、大丈夫、痛くないから……これ」
ぼんやりした頭に響いたやめる、の言葉に焦り、僕は腕を伸ばして涼一の性器をぎゅっと握った。
「ちょ……!」
「これ、いれて」
「だ、大胆だね洋二郎……」
「おねがいだから」
涼一にとって僕はきっといつまでも危なっかしい子供なのだろうけれど、でも僕も少しずつ年をとっているし痛くてもいいし傷つけられてもいいのだ。掌の中の涼一はぴくりぴくりと脈を打ち、二の足を踏む目の前の涼一よりよっぽど素直だった。
姿勢を正した涼一は、僕に息吸って、吐いて、など細かく指導しながらゆっくりと腰を進めてきた。傷つけていい、と言ったって涼一は自らそうはしない。少し入っては様子を見ながら、じわりじわりと涼一が侵入してきた。
「あっ……!」
「ん、入った……洋二郎、きつくない?」
「うん、すき……!」
挿入だけでお互い汗だくになっている上、僕に関してはさらに頭がぼんやりしていて自分でも何を口走っているのか半分分からない。涼一は熱っぽい目で笑う。
「きつくないかって聞いたんだよ……?」
「ん、あ、まちがえた……」
「うん、俺も好き……」
「あっ、んぁ!」
「洋二郎大好き……」
「あっ、あ!」
涼一は汗をかきほてった顔で僕を見おろしながら、そんなかわいい表情とは裏腹な激しさで腰を動かす。そうするたびソファがギッギッと音を立て、水っぽい音よりなによりそれが一番羞恥心を煽った。
「んぁっ、あっ!」
「よーじろ……」
しかし恥ずかしいとかむずむずするとか熱いとか、涼一の表情も余裕がなくて可愛いだとか、そんなことはすぐに考えられなくなってしまう。涼一の先端が奥をゴリゴリと責め立て、考えることはおろか言葉もからだも乗っ取られたように、引きつるような喘ぎを堪え切れないままホワイトアウトしていった。白い中で聞こえた涼一の声は、「ん、すきぃ……!」と喘ぎながら告白していて、やっぱり僕の兄は可愛くてたまらないと思った。
射精の後、西日が差し込むリビングは妙に広々して知らない場所のような白々しい距離を持つ。身体中にけだるさがのしかかり、ソファに寝そべったまま何も考えられない。それでも、早くソファのカバーを洗わなくては、ということだけが頭の片隅に残っている。
「このタイミングで父さんや母さんが帰ってきたらどうしようってずっと思ってた」
そんな僕に気づいたのか、涼一は冷蔵庫から取り出したペットボトルを僕に手渡しながら言った。過去形で語っているのがふしぎだ。涼一は下着だけを履いた状態でリビングからキッチンまでふらふら歩きまわっているし、なにより僕は涼一にかけてもらった毛布を取り払ってしまったら全裸なのだから、恐ろしいことが起これば言い逃れる術もない。
「でも見つかっちゃうほうが良かったかもね」
「うん、そうかも……」
頷くと、涼一はカーペットに腰を下ろし背中をソファ脚に預けて僕を振り返った。どちらも「なぜ」とは聞かないまま、視線だけを絡ませ多くのことを語り合ったあと、お互いに笑った。
「……不良だね、洋二郎」
「そっちもだよ」
僕の切り返しに、涼一はごまかすように突然立ち上がり、再び覆いかぶさってきた。くちびるに一度キスをしたあと、首筋から鎖骨にかけて舐めていく。猫の毛づくろいみたいなキスを繰り返したあと、もう一度僕を覗きこむ涼一はいつの間にか熱を取り戻していた。
「ね、もっかい……」
「え、二回もするの……?」
「あのね洋二郎、こんなことしたら引かれるかなどうかなって不安になりながら我慢してたのは洋二郎だけじゃないんだよ」
そして僕が何か言う前に、涼一はまたくちびるを塞いでしまう。無邪気なわがままにうれしくなり、僕は涼一の頭を抱きしめてめいっぱい甘やかす。窓の外には夜の気配が忍び寄り、リビングには兄弟でなくなってしまった僕たちの新たな吐息がこもっていた。
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