心は皮膚の上にある(2)
キスの間も右手は動いていた。けれど、そんなに力んで受け入れるようなものでもないようだ。初めての行為への違和感は確かにある。しかし、涼一の指先は壊さないように、という愛情でコーティングされているから、ただ怖くて痛くて仕方ないというわけでは、ない。
「は……っ、洋二郎」
「ん、あ……、う」
「うん、うまく力抜けてるね、えらいえらい」
えらい、と言われて頭を撫でられるとき、そしてそのままの優しさで唇を塞がれるとき、涼一がどれだけ僕のことを愛しているのか知る。入り込んだ指先も、やっぱり僕を好きで好きでたまらないのだろう。
「もちょっとだけ、指増やすね」
「ん、んぅ……っ」
目をぎゅうと閉じると、狭い部分を押し広げ、侵入してくる感覚が分かる。瞼の裏側の暗い世界に、ぐちゅぐちゅとぬるい液体がかき回される音が響く。
僕は違和感を流すため下唇を噛み、力んでいることに気づいて慌てて息を吐く。それを繰り返しながら、ゆっくりと涼一の指先を受け入れた。
「洋二郎……痛くない?」
「ん……痛くない……」
「……ごめんね」
驚いた。否定をしたのに、謝られてしまうとは思わなかったのだ。
内側を犯すものが増えると、それに準じて涼一の指先が別のことを語り始める。いままで優しく柔らかく動いていた指が、ほんとうは壊したいのだと吐露してしまうのだ。きっと涼一は、それについて謝っているのだろう。
「ん、あ……っ、あっ!」
「洋二郎……」
指先がほんの少しでも角度を変えるだけで、ざらりとした皮膚が敏感な粘膜を擦ってしまう。僕は思わず声をあげる。涼一は不安げに僕を見るけれど、きっとほんとうは、僕がどんな声を上げてもたとえ泣いても、押し切ってしまいたいに違いない。
幼い僕にその破壊欲求は恐ろしいものだ。けれど薄く目を開くと、真剣な顔をした涼一が僕をじっと見つめている。おそろしい、だなんて、一度でも思ってしまったことが情けなくなる。
「ようじろ……」
「ん、あ……っ? なに……っ?」
「ごめん……もう限界だ」
涼一はほんとうにつらそうに絞り出したあと、指先を一気に引き抜いた。ずるり、と音を立て指先が消えていくと、僕は虚無感に襲われた。しかしすぐに、涼一が身体を起こし下着を脱ぐ様が視界に入り、僕は慌てて頭を上げた。
いつの間にか見慣れてしまった涼一の性器は、固くそそり立っていた。涼一は苦しそうに「限界だ」と言っていた。
それはつまり、そういうことなのだろうか。僕は思わず身構えた。
「洋二郎……っ」
しかし、涼一の行動は予想外のものだった。涼一は、僕の奥をかきまわし濡れたままの手で、自分の性器を掴んで動かし始めたのだった。
「涼一……?」
「は、……うっ……」
涼一は右手を激しく動かし、やがて手の中に射精した。僕は寝たまま、息を切らしティッシュを引き寄せ精液を拭っている涼一を見ていた。
「りょ、涼一?」
「ん……? ごめん、いきなり」
「いや……そうじゃなくて、その」
「うん?」
「い、挿れるのかと思った」
涼一が目を見開いて僕を見るので、そこでようやく自分がデリケートな問題に、乱暴に踏み入っていることに気づいた。
「あ、ちが、その」
「……いきなりはしないよ」
それはたしなめるような言い方だった。涼一は手を伸ばし、僕の身体をきつく抱きしめ、首元に顔を埋めた。荒れた息が、いまだ戸惑ったままの僕の首筋を濡らした。
「洋二郎に無理させてること気付いてるから」
「そ、そんなことないよ。僕も涼一と、したいよ」
勇気を出して口にした。僕はすこし、傲慢だったかもしれない。自分がこういうことを言えば涼一はきっと喜んでくれて、ありがとう嬉しいとキスしてくれるのだと潜在的に期待していた。
涼一は身体を起こし、僕の顔を見下ろして微笑んだ。うっとりするくらい優しい笑い方だった。
「……そんなこと言わせちゃって、ごめんね」
世界一優しく微笑みながら、涼一は苦しそうに謝罪する。
涼一の破壊衝動に気づき、行為への恐怖も拭いきれない僕が顔色を伺うように口にする「したい」なんて、逆効果でしかないらしい。きっと僕がどんなに弁解したって、涼一は追いつめられてさらに苦しくなるだけだろう。
徐々に深くなる夜の中、肌ならどこもかしこも触れあっている。それなのに、心だけが遠く離れているような気がする。
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