人捜しの報酬 | ナノ
エミッタは眉を顰めた。
自分の主人がまた家から消えている。それも何も告げずに。

「教授が面倒を起こさないわけありません! 早いとこ回収しなきゃ」
仕事場の扉を開いて、居間にある森の羊羹をコートに詰められるだけ詰めて玄関を飛び出した。

小川を渡り、巨大な樅の木を境に左へと曲がると大通りが広がる。
人がやけに多い。そういえば今日は祭があったのだ。
「うわっ!」
突然人垣に押され倒れた。パレードの華やかな音と反してエミッタの心は浮かない。
不意に右腕を捕まれ歩道に引き上げられる。エミッタは気が動転して叫ぶ素振りも出来ずにいた。

「大丈夫ッスか。ケガは?」
手を掴んでいたのはいかにも正義漢のような青年だった。
「ご心配には及びません。ありがとうございます」
エミッタは羊羹を差し出して一礼した。
「ああ、それなら良かった。俺は雪花。仕事関係でここに来ているけど祭があったとはね」
青年、雪花は微笑みながら羊羹を受け取り鞄に入れた。
君は? と返されたので思わずびくりと跳ね上がる。
「エミッタ、小生はエミッタ=ベルワットといいます。あ、そうだこんな野郎見ませんでしたか?」
エミッタが野郎呼ばわりした主人の写真を見せる。雪花は少し思案しながら眉をハの字に歪めた。
「あー……見てないなぁ。なんなら一緒に探したげよっか?」
雪花の提案にエミッタはの顔は綻んだ。


時計の針が五時半を回る。辺りも暗くなって出店から人は消えつつあった。
「見つからないなぁ。何か手掛かりがあればいいんスけど」
「すみません、小生にGPSがついてないばかりに迷惑を……」
シュンと俯くエミッタを元気づけるように雪花は肩を叩いた。
「気にしないで、俺は好きでやってるんスから」
雪花の笑顔にエミッタは少しばかり希望を見出した。


更に聞き込みを繰り返すと、やっと主人を見た人が出現した。なんでも、大通りの先の河川敷で花火があるからその調整をしているという。
「あぁ! 良かった!」
エミッタは思わず叫んだ。雪花もつられて良かった、と呟いた。

二人は直ぐに河川敷へと向かった。其処で確かに見つけた、写真の通りの主人を。
「間違いありません! 教授です!」
「見つかって良かったね、エミッタ君」
「はい! 雪花様の甲斐あってのことです。何とお礼を言えばいいか……」
「そんな大仰な。俺はただついて歩いてただけッスよ」
眉をハの字に曲げて謙遜する雪花の手をエミッタは強く握った。
「後日お礼を致します、小生は教授の元に参じます故に。では」
仰々しい挨拶を述べ、エミッタは河川敷へと走り出した。
雪花はその背を暫く見つめ、踵を返した。


後日、差出人のない包みが雪花の元に届いた。
包みについてあったメモには「先日の礼です」と書かれていたという。
開いてみたら大量の羊羹が飛び出したのは言うまでもない。



人捜しの報酬
(モノやカネでなく、笑顔が何よりの報酬)


※浅見さまへ
雪花さん+エミッタ(+ローレライ)
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