A cheekered life
僕は、一度死んだ。
僕が信じたキリストは、僕を信じてくれなかったと知った。
その事実に気付いた時に僕は、僕は。
「背徳にして背教の魔女」としてこの世の幕引きを終えた後だった。
「夢、か……」
目を覚ます。視界に広がっているのは暗がりの部屋。寝台がひとつとランプがひとつ。
其処には処刑台も、罵声を浴びせる人々も、ましてや愛した神の偶像もなかった。
しかし、流した泪は偽りではなく。頬を伝う感覚がやけに生温くシーツを濡らした。
「ギル、ティ……」
隣で横になっていた千弦が名を呼ぶ。情を交わした後、雪崩れ込むように横たわったからか乱れた服のままで。
不安を帯びた声色を宥めるように、ギルティは笑顔を千弦に向ける。
「泣いていたでしょう」
きっぱりと千弦は言い切った。ギルティの仮面が剥がれる。まるでごまかしの利かない機械にも似た口調にギルティの表情に翳りが宿る。
「君には敵わないな、ちょっと昔のことを思い出したんだ」
まあ、走馬灯みたいなものさ。僕は死人だからね。
そう冗談に聞こえない冗談をギルティは泪を拭いながら言い放つ。
「昔のこと、ですか。そういえば、貴方は」
千弦は言葉を濁すように俯く。俯いたまま、ギルティの掌を握った。死体特有の、体温の消滅したその手をだ。
「とうの昔に、死んだと仰っていましたね」
未だに信じられません、しかし信じるしかないのでしょう。
千弦の握る手の力が少しだけ強くなった。
「そう、生前の僕はただのしがない修道士だったんだって」
だけど、死んだときは魔女だったんだ。と続けると千弦は目を丸くしてギルティの顔を覗きこんだ。
「魔女? 冗談でしょう?」
「残念だけど、僕は嘘がつけなくてね」
これから話す事を信じるかは君に任せるよ、と断りを入れてからギルティは生前を回顧しだした。
生前をすごした修道院、そこで教わった神の愛と教え、二十歳のときに町を襲った疫病のこと。
特効薬を出し惜しみする商人と役人に掴みかかり、神父に取り押さえられ、そして――。
「結局、キリストは僕を見てはくれなかった。白を切って、黙ったままさ。僕が助けた人は、誰も助けにこなかった。当たり前か、魔女を見る目は冷たいんだね」
まるで、復讐を今にでもしそうな口ぶりに千弦は表情を強張らせた。目を凝らせば、ギルティの肢体には無数の傷跡が走っている。痛々しく、助けを求めている。
「生前は生前、死後は死後です。私は死後の貴方しか知りませんが、生前の己を語る貴方は誇らしげに見えました」
かつて愛した女性のように、と千弦は続けようとしたがそれは自制した。その言葉は、嫉妬に似ている。
「そう言ってくれてよかった。千弦、おいで」
おいで、と言っているにも関わらずギルティは千弦の背に腕を回した。千弦のぬくもりが露骨に伝わるのを堪能する。
ぐるり、と視界が九十度反転する。仰向けになったギルティの腹にずしり、と千弦の体重がかかる。
「あれ、随分と積極的だね。そんな君も愛しいよ」
千弦は言葉のかわりにギルティの右手首に接吻を落とす。
それが合図であるかのように、ギルティは何もされていない左手で器用にも千弦の髪留めを外した。そして、同じように千弦の右手首に接吻。
「Ich Liebe Sie」
瞳を閉じる直前、僕を見据えた君の表情が。
照れながら微笑んでいるように見えたんだ。
嗚呼、でもそれは気のせいかい?
Guilty×Tiduru
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